宇宙となかよし

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初ヘミシンク体験! 2010.10.2

-人生を変える100日ブログ(63日目)-  (○×計画2 5/5

 今日から7日間の滝行に入ります。確か今年は4回目かな。21日行は2回やったので、年間100日達成するためには、21日をあと一回、そして7日を2回する必要があります。3か月でそれだけできるのか。ちょっとウカウカしていましたので、出張の合間を縫ってなんとかやりたいと思います。予定では9日に4回目(7日行)が満行。23日から11月20日まで21日行をやり、12月には2回の7日行をすれば達成です。う~んタイトだ。しかも冬。だからこそやりがいがあるのかもしれません。とにかくやります。やりたいから。

 で、「○×計画」ですが、今日もこれを更新したら100%です。参加されている方はすでにお気づきと思いますが、すでに生活変わってるでしょ。例えば私はコンビニでお金をおろしたり、キン肉マンを読んだりしたついでに、無意識的に菓子パンを買ってたりするのですが、そこに「意識」を向けると買わないようになります。「○」を付けるためだけに。その結果、余計な出費も体重も減るって現象が起こるのです。つまりは「無意識」を「有意識化」するのが「○×計画」の醍醐味。どんどん変化していきますよ。


 ところで昨日の夜、すべてを終わらしてから、いよいよ「ヘミシンク」に突入しました。初ヘミです。今から書くことは少々怪しいです。そしてこれからしばらくは怪しい日記が続くと思いますが、別におかしくなったわけじゃないので「頭大丈夫ですか?」的なメールは御遠慮くださいね(笑)

 私は今まで、すべては「内的世界」の反映と言ってきました。霊についても、そもそも「実体」があるわけではなく、その人が勝手に作り出した虚像であると言ってきました。ただし、本音的には「すべて」ではなく、多少の「例外」はあることも知っていました。つまり個々人の「内的世界」の反映だけでは説明できないことが、、、実はある、と。ただし、それはあくまで例外であって、ほとんどは「内的世界」で説明付くものばかりです。そしてご存知の通り、私はかなり「左脳的」であり、あらゆることに理屈付けしなければ気が済まない性質でありながら、不思議なことも割と素直に認めるところがあります。ただ、不思議な現象であっても、できる限り左脳的に理解するようにしており、それで納得させるようなところもあります。

 そして昨日、初めてのヘミシンクですが、事前にいろいろなヘミシンクブログを読んでみました。私の直感ですが、そのほとんどがウソか空想であることを看破してしまいました。その一方で、少なくともウソでも創作もないだろうと直感できるブログもあり、それらを見分けるコツがあるとすれば3つ。一つはヘミシンク情報を継続的に発信していること。もう一つは「商売」に結びついていないこと。さらにもう一つはピヨピヨ系(スピヲタ)でないこと。ま、私の偏見もあるでしょうが、重要なのは一番。つまり継続的に情報発信しているかどうかがネックです。

 なぜかと言うと、これは私の性格もあるかもしれませんが、「真実」を見てしまったらそれを継続的に伝えたくてたまらなくなるから。私が「滝行」を6年もやっているのは、そこに私なりの「真実」があるからです。一回やそこらでは決してわからない「真実」があるんです。それは「瞑想」などもそう。それが個人的なものであれ、「真実」を見てしまったら、それを捨てることはない。私はそう思っています。


 そこで今から書くことは、ウソも創作もない、私のストレートな体験と、それに対する左脳的「解釈」です。体験は体験としてそのまま書きますが、「解釈」は多少の推測が入っている可能性があることをご理解頂いた上で読んで頂ければと思います。そしてその「解釈」も含めて、瞬時にいろんなことがわかってしまいました。

 まず、「ヘミシンク」とは何ぞやって話ですが、巷では体外離脱してあの世やアカシックレコードを旅する音源みたいなふれこみが散見されますが、私はそこまでまだ体験していないからなんとも言えないものの、アカシックレコード云々は結果論であって、必ずしも再現性のあるものではないと感じました。ヘミシンクの効果を一言で言うと、究極的なリラックスです。ただ、それだけ。とは言うものの、「究極のリラックス」のモードに入るのは決して容易ではありません。

 冬場の滝に気持ちよく入るためには、究極のリラックスが必要。私はそのことに滝行して4年目くらいに気が付きました。ヘミシンクで言えば、左右のヘルツの異なる音源を聞かせて、脳波を「意図的」にリラックスモードに変化させる技術のこと。まず、その説明で合ってると思いますし、それがすべてです。アカシックレコードやガイドなどは、最初にそれありきではなく、あくまで個人的体験としての結果論として「あるかもしれない」といった類のことでしょう。

 もう一度言いますが、ヘミシンクとは脳波を意図的に操作して、リラックスモードにするための技術。その点で言えば、通常のヒーリングミュージックなどと変わらないし、それこそインド音楽なんかもそのような効果があります。そもそも「音楽」には「音階」など存在しません。それを論理的に12に分けたのが西洋音楽の基礎であり、私たち日本人にとってもそれがスタンダードになっているだけ。モーツァルトの音楽も西洋音楽(12音階)の範疇で作られたものですが、それが「合理的」に心地よい音になっているだけです。和声と言う名において。

 一方、インド音楽とか伝統的な音楽の場合は、必ずしも「12音階」ではないため、西洋音楽に慣れた耳では、実に奇妙で、時として気持ちが悪い音に聞こえることもあります。しかしこの「気持ち悪さ」が、私たちが普段、意識していないところの「身体」に働きかけ、様々な現象を起こすことがあるのです。アボリジニのディジュリドゥなども、あれは頭や耳ではなく「身体」に直接働きかけ、それによって癒やされたり、不思議な現象が起こったりするわけです。

 ヘミシンクの面白さは、その「気持ち悪さ」を人工的に作り出し、さらに様々なバリエーションで脳波を変容できるところにあります。西洋音楽が気持ちよさを科学したのに対し、ヘミシンクは「気持ち悪さ」を科学した。そんな印象を受けました。

 ま、理屈はともかくまずは体験から。最初に言っておきますが、今回のヘミシンク体験は必ずしも集中した状態ではありませんでした。一応、家人が寝た後にやったのですが、いつ起きるかもしれないという気持ちがどこからあったから。それでも、非常に面白い体験ができたのも事実。

 とりあえず一枚目のCDを聞いてみました。マニュアルを読まずに。聞いていると、しだいに「身体」が柔らかくなり、そのうち動かなくなってしまいました。厳密に言うと、動かす気がなくなる感じで、私が体験してきた「金縛り」とは似て非なるもの。金縛りの場合はどこかに心地悪さがあるものですが、ヘミシンクは同じ「動かない」にしても、それは極めて気持ちのよい体験でした。そして面白いことに、「身体」の感覚が次第に溶けてなくなる感覚があったかと思うと、それゆえにこそ「身体」の輪郭がはっきりわかる、、、という相反的な感覚を味わうようになりました。

 もう一度言いますが、「身体」がなくなると同時に輪郭が明確になる。そんな感じです。これは真冬の「滝行」で究極のリラックスを味わっている状態に近いように思いました。そして次の瞬間です。ある「画像」が出てきました。それは「檻に入った幼子」の姿です。最初は「入院中のちびQ」かとも思い、それがフィードバックしてきただけのように思ったのですが、ヘミシンク終了してからも、やけにそれが気になり続けたのです。他にもいろいろな画像が出てきて、紙とペンを用意しとけばよかったと思ったほど。

 そしてその「檻に入った幼子」の姿がずっと気になっていたのですが、今朝、滝行前に滝場の掃除をしている時、突然、その意味がわかってしまいました。その幼子とは、、、私自身だったのです。どうりでちびQに似ているわけです。そして「私自身」と気が付いた瞬間、様々なことが蘇って来たのです。もう何十年も忘れていたようなこと。それは決して楽しい経験ではなく、私の無意識が覆い隠していたようなこと。その瞬間、「ああ、、癒やされてなかったんだな」と感じました。

 スピ的な言い方をすれば、「檻に入った幼子」とは私自身であり、まさに「インナーチャイルド」そのものだったのでしょう。その幼子を檻から出してやらなければならない。そう思って、今日の初日の滝行を済ませました。


 そしてここからが「解釈」に入ります。インナーチャイルドとは、そのまんま「潜在意識」のことです。ホオポノポノ的にはウニピヒリと言うのでしょうが。改めてヘミシンクのマニュアルを見ると、昨日、つながった場所は「フォーカス10」というところらしいです。

 フォーカス10とは、「身体が眠り、意識が目覚めている状態-肉体は完全にリラックスして、肉体からの知覚信号はほとんどなく、心だけが目覚めて意識がはっきりした状態です」となっています。まさにその通りではないですか。

 とにかく「完全にリラックス」することでどんなことが起こるのか。「潜在意識」は常に安心・安全を守ろうとしています。そして普段、私に対しても安心・安全を守らんがために、必死で思い出させないようにしている何かがあるのです。NLPのワークなどで、「何か嫌な体験を思い出してください」などと言うのは、「意識(言葉)」に近い領域の体験ですが、本当はもっともっと奥深くに、まるでカギのかかった箱のように閉ざされている体験が眠っているのです。その箱を開けてしまったら、私は不快な思いをするだろう。そのため潜在意識さんは、必死でその箱を開けまいとする。

 そもそも「潜在意識」とは「身体」のこと。これは私のセミナーなどでも何度も言っていること。潜在意識は筋肉に宿るのです。この理解がないと、いつまでたっても潜在意識と仲良しにはなれません。ですので、必死で開けまいと守っている「カギのかかった箱」は、まさに「身体(筋肉)」によって守っているのです。その結果、深いトラウマを抱えている人は、何らかの身体的な反応があることが多いです。肩凝りや腰痛などはまだ可愛いもので、例えば「太っている(痩せられない)」、「肌が荒れる」、「アレルギーがある」などを始めとして、何らかの身体反応は、潜在意識が自分自身を守っているからこそ起る反応なのです。

 今の言い方をすれば、「カギのかかった箱」を必死で開けまいと頑張っている力。それが身体反応として出てくる。それがまさに潜在意識の働きなのです。そこでもし「リラックス」するとどうなるのか。箱を開けまいとする力が弱くなり(なくなり)ます。その結果、箱の中から今まで閉ざしていたトラウマの原因が顔を出すのです。

 それが私の場合で言う、「檻に入った幼子」であり、今まで思い出すこともなかった、ある体験だったのです。今回のヘミシンクで私が経験したことは、まさに「インナーチャイルドとの出会い」だったと思っています。私にもまだまだ癒やされてないところがあったのか。ま、完全にすべてが癒やされることはなく、それが幼少期だけでなく、過去世までさかのぼってしまえば、それこそきりがない。でも、出会ってしまった以上、その幼子を檻から出してやりたい。もしかしたら今回の「滝行」にはそのような意味があるのかもしれません。

 
 ところで、初めてのヘミシンクだったのですが、あまりにも強烈だったため、今まで私がやってきた精神修行のことが何か空しくなってきました。そのようなことをミクシィ日記に書いたのですが、滝行や坐禅などの精神修行の延長上にヘミシンクが来たのであって、その経験自体は決して無駄ではないとのコメントも頂きました。私もそう思っています。今となってはかなりメジャーとなったヘミシンクだけに、すでに経験済みの方も多いと思います。ただし、ほとんどの方が何の体験もなく止めてしまっているようですが、その理由も何となくわかります。それはいくらヘミシンクを聞いていようと、自分のリラックスを必死で妨げようとする力が働いているから。素直にリラックスして深いところまで入ってしまえばいいのに、潜在意識はどうしても「箱」を開けようとしない。だからだと思います。

 その点で言うと、今回、一回目にしてすんなりと「箱」を開けられたのは、やっぱり今までの経験の積み重ねがあったからだと、今、思っています。てなわけで、今日はもう一度同じCDを聞いてみようと思います。次に進むのが楽しみな反面、ちょっと怖かったりもして。そして今回のことについてもまだまだ書き足りないことがあるのですが、これからを楽しみにお待ちください。それでは今日はこの辺で。今から入ります。ありがとうございました。

完全なリラックス状態でどうぞ!
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by katamich | 2010-10-02 23:39 | ■精神世界
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