シンクロニシティの本当の意味 2010.9.8

-人生を変える100日ブログ(39日目)- 

 今日も滝行からスタート。般若心経21巻も無心に、ただ無心に。100日ブログも徐々に追いついています。そう言えば今日は「39」日目ですね。実はね、、、私って一日に何度か、、、と言うか、かなりの頻度で「時計」を見るのですが(PC、携帯、車など)、そのほとんどがデジタルですよね。その時、一日に「39分」を見ない日って、ここ数年と言っていいと思いますが、「ない」のです。特にこの数カ月は一日に24回しかない「39分」を5~6回見ることがしばしば。

 さらに実は、、、と言いますが、ちびQが生まれてきた時刻が「13時39分」だったし、私の本の出版が決まった瞬間に見た数字も「39」だったりして、こじつけかもしれないけど、「39」って私にとってめちゃくちゃいい数字なんです。やっぱり「サンキュー」だし、逆から読むと「Qさん」だし、時計を見て「39」だったりするとわけもなくテンションが上がるんですね。

 そんな風にしていると、いつも間にか「39」って数字と「いい気分」が結びつく、つまり「アンカリング」されてしまって、一日に最大24回は「いい気分」が復活する「身体」になった私がいます。人間の無意識ってのは本当に都合がよくできていますね。ただ、こんなこと言うとしらけるかもしれませんが、「39」という数字と「いい気分」または「感謝」とは厳密には何の結びつきもありません。私が勝手結びつけたから気分が良くなるだけの話で、そもそもは何の関係もないのです。

 これはかなり面白い事実であって、人間には知らず知らずにいろんな「結びつき」が勝手に埋め込まれています。例えば「黒猫が前を横切る」とか「下駄の鼻緒が切れる」などの単なる一「現象」と「不吉」とを結び付けているなんてのは典型。ジンクス、迷信の類もすべて何の根拠もない結びつきなのです。それを社会的、文化的、個人的に勝手に結びつけながら、あたかもそれが「因果関係・真実」のように思って生きている。人間にはそんな習性があることをまずは知っておく必要があるでしょう。

 ただ、これがいいことなら問題ないのですが、時にはよくないことだってあります。例えば昔、試験に失敗したことがあったとしましょう。その不合格通知を開封した瞬間、テレビに江頭2:50が出ていたとしましょう。そこで「不合格」と「江頭2:50」のインパクトが強ければ強いほど、その結びつきも強くなって、その人の中で、江頭2:50は不吉なアンカリングかかってしまうのです。ま、これがめったにテレビに出ない人ならいいのですが、「嵐」だったりすると、もう、テレビをつけるたびに不吉な暗示を受け入れるようなもの。

 言うまでもなく「不吉」と江頭や嵐は何の関係もなく、その人が過去の体験によって意識的、無意識的に勝手に結びつけているだけなのです。それって不自由ですよね。ただ、本来は関係ないはずのものなのに、「江頭」を見た瞬間に、「不吉」な「内的世界」が構築されてしまうと、それは「現実」へと反映されやすくなります。実際、不吉なことに気がついたり、起こったりすることが増えるので、ますます「江頭=不吉」という図式(アンカリング)が強化されていくのです。

 人間ってのはこうやって無数の「アンカリング」を受けて生きているわけで、まずはその事実を知ることが大切であり、さらには一つ一つのアンカリングに気がつくことが重要。気がつくだけで解放されることもありますので。もちろん「アンカリング」をうまく活用するのはいいと思います。ジンクスを担ぐなどそうですよね。このバットだとヒットが打てるなど、スポーツ選手のみならず、そんなグッズや習慣を一つや二つは持っているのではないでしょうか。

 私で言うと、朝、お釈迦様の木像にご挨拶しないと一日が冴えない、、、なんてのがそう。罰当りな言い方かもしれませんが、別にしなくても変わりません。でも、ご挨拶することで、私の「内的世界」が良くなるので、私にとってはやればいいだけ。先日のユーストでも質問があったのですが、そうなると「シンクロニシティ」なんてのも、単なる「アンカリング」ではないかという説も成り立ちます。もちろんそのケースもたくさんあります。

でも逆にこんなケースはいかがでしょうか。ある人に片思いをした男性(女性)がいたとします。その女性の誕生日は「1月25日」でした。自分の誕生日は「5月21日」。見事にシンメトリーになっています。そこで中途半端にスピな人などは、「ツインソウルだ!」なんてことを言いがちなのですが、もちろん関係ありません。運命の人でもありません。また、通勤列車が同じだけで「ツインソウル」なんて言う強引な人もいますが、それも関係ありません。そう思いたがる気持ちもわかるのですが、それで恋愛が成就するケースは極めて稀です。私たちはぞろ目が出たり、何か意味ありげな数字が出たりすると、そこに「意味」を付与したくなるアンカリングがなされているだけ。

 一方、なんの接点もなかったはずなのに、恋愛が成就する場合の方が普通だったりしますよね。様々な「縁」によってあたかも必然的に結ばれているという振り返りのケース。実際、それこそが本当のシンクロニシティと言えるのではと思います。私たちが意識に乗せてないだけで、本当は針の穴を通すほどの確率で出会っているのですから。

 これをお読みの皆さんもどうでしょうか。パートナーがいる人もそうでない人も、特別な存在が周囲にはいると思いますが、事前に意識化されたシンクロで結ばれたよりも、振り返ってみると、「あの時ああなって、そうならなかったら出会ってない」なんてケースばかりでしょう。もちろん私もそう。

 ですので、私は「シンクロニシティ」には2種類あると思っています。一つは単なる「アンカリング」としてシンクロ。先ほどの例で言えば、試験の不合格通知と江頭2:50が結びついてしまって、江頭を見る度に不吉な「内的世界」が構築される。するとそれが現実に反映されやすいので、江頭を見るたびに不吉なことが起こると言う「シンクロ」が発生してしまう。

 私が「39分」を見るといいことが起こるのもそう。「39分」はちびQの誕生時間だったり、いろいろといい時間だったりするので、「39分」を見るといつも「サンキュー!ありがとう!」と言って、私にとって都合のよい「内的世界」が勝手に構築されます。そしてそれが現実に反映されるので「39分」を見るといいことが起こるという「シンクロ」が発生するわけです。

 そしてもう一つのシンクロニシティは、意識的・無意識的なアンカリングを超えたところの、まさに宇宙的な、神秘的な、そして必然的な「縁」によって起こるべくして起こった出来事がそう。これの本質は「起こることが起こっている」というごくごく自然なこと。つまりはすべてがシンクロ。そんなのは振り返ってみて初めてわかることでしょ。

 今、私がフリーランスでやっていけてるのも、過去を振り返ってみると、まさに針の穴ほどの確率。「なぜここで出会った!」ということばかりで成り立っていますから。それに対して、私たちは完全に無力です。サレンダーするしかありません。私たち人間には「起こす力」などまったくありません。すべてが「起こっている」こと。一見、自分で起こしていると思っていることでも、宇宙から見れば、それはすべて「起こったこと」に過ぎません。つまりは私たちの「自由意思」でさえも、単に「起こったこと」なのです。だからと言って何もしなくていいわけではありませんが、もしかしたらしなくていいかもしれません。でも私は「したい」からする。そして起こることしか起こらない。それが本当の意味でのシンクロニシティなのです。

 てなわけでね、私たちには無数の「アンカリング」が埋め込まれている事実を知った上で、良いアンカーは残すけど、そうでないアンカーは無視、、、って姿勢を取るのも、また自由な生き方ではないでしょうか。でも、物事は起こることしか起こっていない。ジタバタしても始まりませんものね。そして世の中には起こることしか起こっていないことを知ること、、、それを「悟り」と言うのかもしれません。100日ブログ39日目の話から、こんな風に展開したのもまたシンクロでしょうか。

 それから9月9日(木)は「第六回宇宙となかよしUSTセミナー」をやります。テーマは「天命」ですが、具体的に話すことを決めているわけではありません。多分、話すべきことを話すことになるんでしょう。ご関心のある方は是非見てみてくださいね。22:30からです。録画してくれとのリクエストを頂きますが、今回は音声のみ録音して、後日のメルマガで無料プレゼントさせて頂くつもりですのでお楽しみに。それではゴキゲンよう。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-09-08 23:39 | ■精神世界