「悟り」と「願望実現」 2010.7.18

b0002156_04125.jpg 今日もいい天気。梅雨明け最高ですね。21日行も今日で21日目。明日の早朝で満行。今日も家族3人でお出かけしたのですが、朝から出て「金剛の滝」に行きました。ちびQは滝に前で泣いたそうです。やっぱり迫力があるからね~。その後は志賀島に行こうとしたのですが、おそらくプール渋滞で進まずキリがないので引き返しました。ジャスコで昼飯。ちびQは今日も「うお~うお~」と言って大興奮。3時過ぎに家に着き、まもなく実家からぶどうが届きました。駒ヶ谷のぶどう。実がぷりぷりで最強に美味かったのですが、なぜ送ってきたかと言うと、ちびQの好物がぶどうだって言ったから。今のところ、にんじん、ぶどう、金時豆が大好物。で、今日はさっそく20粒ほど食べさせたのですが、速い速い!あんな早いの見たことないくらいあっという間に食べ終わってしまいました。よっぽど美味しかったみたい。その後、一緒にお風呂に入って、今さっき寝付きました。

 ところで、今日も「願望実現」の話を続けますが、今日は「悟りと願望実現」というテーマでお話したいと思います。なんか一見、「悟り」と「願望」とは対極のように思われるかもしれませんが、実のところ、昨日の日記できちんと書いた感はあります。そもそも「悟り」とは何かって話。

 巷のブームを見ていると、どうも誤解があるようにも思えてきますし、実際、そのような声を耳にすることもあります。例えば「悟り」は神秘体験である、「悟り」は特別なことである、「悟り」によってすべての問題がたちどころに解決する、「悟り」によってあらゆる願望が実現する、など。これらの声は完全に間違いとは言わずとも、「悟り」の本質とはまた別のこと。
 
 では、「悟り」とは何か。「あるがまま」とか「すべてはひとつ」などのような、「いかにも」的な、そしてなんとも魅力的漠然とした言葉を用いずに言いますと、それは「あらゆる条件から自由になること」なのです。このブログでも何度も言ってきたと思いますが。

 では「条件」とは何か。それは生まれてから成長する過程で形成される、「自動装置」のようなもの。例えば「人は偉くならなければならない」ってのは、何となく正しいことにように思いますが、そんなのは社会的に形成された幻想に過ぎません。これが「条件」です。人は・・・とくると自動的に「偉くならなければならない」と続く、一種の「装置」のようなもの。「人は」と「偉く・・」の間には何の因果関係もないのですが、それが結びついていることに疑えないこと。全自動なんです。

 この「条件」は主に両親、先生、身近な人、文化、社会によって形づくられます。そしてこの「条件」は人によって異なります。私の義父は以前、「男は最後まで勤め上げなければならない」と言っていましたが、おそらくその年代の人にとってはそれが常識であり、ここでいう「条件」なのでしょう。

 しかし私にはその「条件」がありませんし、経営者や起業家の方にもそれはないでしょう。だからと言って、「男は一国一城の主であるべき」なんてのも単なる「条件」であり、どちらが良くてどちらが悪いなんてものでもありません。

 ただ、人は皆、何らかの「条件」を受けて生きています。そしてその「条件」を完全になくすことはできません。なぜなら一切の「条件」が「ない」という状況は「赤ちゃん」と同じだから。しかし「条件」から「自由」になることはできます。つまり「条件」を客観的に認め、「条件」による「自動装置」から解放されるのです。

 例えば「いい大学を出て、いい会社に勤めることが成功」という「条件」を付けられてきた人がいたとしましょう。自動装置にコントロールされている状況と言うのは、そのことを疑うことがまったくできないこと。「いい大学出て、いい会社に勤めることを目標にするのは当たり前のことじゃないですか!何言ってるんですか!」みたいな感じで。

 それに対して「条件」から「自由」になっている状態と言うのは、「確かにいい大学出ていい会社に入るように言われてきたけど、個人的には起業したいから、別にそうでなくてもいいですよね」みたいな心境になれること。これなどは頭で考えられることですが、実はこの「条件」によるコントロールは日常の至るところにしみついています。

 迷信などもそうです。目の前を黒猫が横切ると悪いことが起こる、、、と思って、いきなりブルーになるのなんか、完全に無意識的な条件付けですから。厄年なんてのもそう。占いもそう。チャネリングもそう。科学的であれ、非科学的であれ、私たちは何らかの「条件」によって無意識にコントロールされている生きものなのです。

 もう一度言いますが、「悟り」とはあらゆる「条件」から自由になること。もちろん「前世」のカルマからも自由になる、霊からも自由になる、、、、それを突き詰めると、「悟り」を経験することによって、あらゆる迷信、オカルト、非合理的な因果関係から自由になる、つまり信じることがバカらしくなるのです。

 ここはとても重要なのでもう一度言います。「悟り」を体験した人は、一切のオカルト(スピリチュアル)を信じなくなります。別の言い方をすると、オカルトを信じ切っている人は、決して悟っているとは言えないのです。ここで言うオカルトとは、前世、霊、守護霊、オーラ、アセンションの類を含むものすべて。

 意外な結末になりました。一般的にはスピリチュアルな人から「悟る」と思われている傾向がありますが、実はスピリチュアルと「悟り」とは何の関係もないのです。スピリチュアルに興味を持つことと、「悟り」とは全く関係がありません。

 だからと言って悟っている人が先祖供養しないかと言うとそうではありません。先祖供養は、したいからするのであって、先祖供養しないと悪いことが起こると信じているからするのではないのです。先祖供養とは先祖に対する「愛」と「感謝」です。純粋な「愛」と「感謝」であって、何らかの「取引」では決してありません。つまり先祖供養するから幸せにしてくれ、と思うのは大きな間違い。先祖供養は先祖に対する愛、そして感謝、その現れとしてするのであって、現世利得との「取引」によってするものではないのです。

 もう一度わかりやすく言いますが、「悟り」に至っている人は、何か罰が当たるとか、いいことを期待できるから先祖供養やその他のスピリチュアルな行為をするのではありません。純粋に「したいからする」のです。だからと言って、しなければしないで別に問題ない。他人が墓参りせずとも我関せず。「墓参りしないと罰が当たる」とは決して言わないものです。

 私だってそうです。滝行とか坐禅とかいかにもスピリチュアルですが、私は単にやりたいからやるだけ。滝行をしていると、しばしば霊に取り憑かれるなんてこと言う人がいますが、正直に言います。それは単なる思い込みです少なくとも私は取り憑かれたことありません。でも、滝に入る時はきちんと作法をします。なぜするのかと言うと、作法しないで入ると調子が狂うから。もちろん作法と滝は何の関係もない、これも単なる「条件」に過ぎません。本当は作法などしなくてもいいのです。でも私はします。あえてその「条件」に縛られているのです。それもまた私の自由ですから。

 実を言うと、滝に入る時は塩をかぶります。しかし、塩を忘れることもあります。そんな時は、塩をかぶった気になって入ればいいだけ。なんてことないです。塩忘れたから滝に入れません、とは言わない。せっかく来たのに、塩忘れたくらいで入らないなんて、もったいない。私はそんな感覚です。

 結局のところ、何であってもいいのです。やりたいからやる。やりたくないからやらない。それでいいのです、本来は。でも、私たちはいろんな「条件」に縛られて生きてますから、どうも素直になれないんですよね。その「条件」からくる「願望」のことを「自我の願望」と呼んでいます。

 そう、「自我」とは「条件」によって形成されるものなのです。「いい会社に入る」ことが「条件」であれば、「自我」はそこに重要性を置きます。そしてその重要性が「願望」を形成するのです。

 それに対して悟った人の願望とは単に「やりたいからやる」のであって、そこには何の条件付けもありません。それを「本当の願望」と呼んでいます。「条件(自我)」ではなく、「本当の自分」からくる「願望」。それが「やりたいからやる」の願望なのです。

 てなわけで、「悟り」と「願望」とはすごく関係あるのです。もう一度整理しますね。


「条件」→「自我」→「願望:やらねばらないからやる」
「条件なし」→「本当の自分」→「願望:やりたいからやる」



 これでスッキリしたと思います。もしも何らかの「願望」があるのだとすれば、それは果たして「自我」からなのか、「本当の自分」からなのか。その区別はもしかしたら大切かもしれません。では、どうすればその区別をすることができるのか。とても簡単な方法。それは「身体」に聞いてみること。言い換えると「潜在意識」に聞くことです。ただ、その辺はなかなか文章では伝えにくいことですので、とりあえず「身体」に聞くと言うことだけ知っておかれたらと思います。

 今日は眠くならずに最後まで書きました。では、おやすみなさい。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-07-18 23:39 | ■精神世界