宇宙となかよし

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神の正体 2010.4.20

 今日は週末のセミナーの資料作り。楽しいんですが、なかなか難しいものです。初日は割とオーソドックスにNLPのスキルをする予定ですが、重要なのは2日目。テーマは「本当の自分」ですが、そもそも「本当の自分」って何って問題が永遠と続き、果てしない旅に出てしまうわけです。

 「本当の自分」って何ですか?と聞かれて、言葉で説明できるようなものでもないし、それこそロジック(論理)を超えた解答が要求される、、、なんて言うと、ますます難しくなりますね。しかし、本当に重要なのは「本当の自分」を定義することではなく、それを問い続けることだと思っています。

 先日、「絶対的な答えはないが、絶対的な問いはある」という言葉を紹介しましたが、人生とはすなわち「問い」の連続。しかし「問い」には「答え」が要求されます。それでもなお言えることは、「答え」は相対的ですが、「問い」は絶対的だということ。そして極端な言い方をすれば、「問い」は「神」である、と。

 今の世の中の「閉塞感」の原因の一つに「神の不在」があると考えています。「神」とは別に宗教的な神に限らず、要するに「唯一絶対に信じられるもの」と言う意味で。良い悪いは別として、戦前は「天皇制イデオロギー」による全体主義が人々の心を一つにまとめあげていました。戦後は戦後で「高度成長」という絶対的な主軸がありました。

 しかし今の日本は、とりあえず食うに困らないし、携帯やネットなど便利な世の中になってきている。なんでもできる時代であると同時に、だからこそ何やったらいいのかわからない。私が学生の頃、すでにそうでしたが、今はさらに加速してるんじゃないかと思います。実際何らかの対策をしているとは思いますが、大学生のレポートなんかも、インターネットとどのように付き合っているのか。例えば「アメリカの社会保険」ってテーマでのレポートが課された時、真っ先に向かうはやっぱりインターネットではないかと思います。恥ずかしながら、私も今ならそうすると思います。

 しかし、私が学生時代は、まずは図書館に行き、それっぽい本を数冊借りて、その中から自分でまとめてレポートにする作業が必須でした。でも、そのプロセスの中で、例えばアメリカに公的医療保険がないことを知り、それが先進国としてどれだけ遅れているかを知り、そもそもその時代背景ってどんなものか疑問が出てくるわけです。そうやって手を使いながら、様々な疑問が晴れていくプロセスはやっぱり尊いものでした。しかし今はそのようなプロセスを味わうこともなく、無難にレポートを提出して終わり。

 つまり「アメリカの社会保険」というテーマについての、自発的な「問い」が出ずに終わってしまうのです。つまり大学のレポートという受動的な設問に留まり、そこから派生する自らの自然な疑問。レポートの意義とはむしろその自発的な問いを促すことであるのに、インターネットはそれを押しとどめてしまうデメリットがあります。

 これと同じようなことが私たちの日常にも多く見られます。例えば「幸せになるにはどうすればいいのか?」という永遠の問いについて、それさえもインターネットでそれっぽい答えを見つけ出してしまえます。それが先日も書いたように、ホ・オポノポノであったり、三本線香供養であったり、その他諸々のスピリチュアルテクニックであったり。情報が多すぎて何をやればいいのかわからない状態で、強烈なカリスマや権威に裏打ちされたノウハウなどが出てくると、どうしてもそれにすがってしまい、自らの「問い」を放棄してしまうのです。

 もちろんホ・オポノポノも三本線香供養も素晴らしいものの一つなのかもしれません。しかしそれが「答え」だとすれば、あくまで相対的なものであって、そもそも「幸せになるには?」という絶対的な「問い」を捨てることになっては本末転倒だと私は考えます。とりあえず私はホ・オポノポノでいい、という会話を聞いたことがありますが、正直、本当にそれで良いものか疑問です。別の新たなノウハウがやってくれば、おそらくそちらに流れる可能性があるだけに。
 
 しかし何度も言うように、「問い」は未来永劫変わることはありません。「幸せになるには?」と同様、「本当の自分とは?」という「問い」自体が人生の質を決定します。それ以外にも目の前の問題を解決するために、まずは徹底的に「問い」を繰り返す。すると潜在意識は必ずその答えを目の前に提示してくれます。そしてすぐに実行。困ったら質問。答えが出たら実行。その連続によって人生は質が向上していくわけです。

 私はしばしばセミナーや講演会で「『本当の自分』を生きている実感がある人はどれくらいいますか?」と質問を投げかけることがあります。するとだいたい3分の1は手が挙がります。それがいい悪いは別として、私はいつも思います。本当に???、と。

 「本当の自分」を生きることは人生における最重要テーマです。そのテーマについて、そんなに簡単に手が挙がるものなのか、実は疑問に思っています。私のメンターの一人である営業の神様・加賀田晃先生は、若い頃、サムセット・モームの「月と6ペンス」を読んで、何度も何度も「問い」を繰り返したと言います。

 その小説は画家のゴーギャンがモデルとなっているのですが、主人公はタヒチで晩年を送ります。その時、金も要らない、名誉も要らない、ただ絵を描きさえしていれば何も要らないという主人公の姿勢に大いなる疑問を持ったとそうです。そして同じ個所を何度も何度も読んでは考えしている時に、人生において最も重要なことを悟ったと言います。

 あなたは「本当の自分」を生きていますか。この「問い」を投げかけられた時、反射的にイエスノーの判断を下すのではなく、まずは考え、自分自身に問いかけることがとても重要だと思っています。そもそも「本当の自分」とは何か。「本当の自分」を生きるとはどういうことか。延々と考え続け、何かの気づきがあったとしても、そこでまだ問い続ける。実はその姿勢こそが「本当の自分」に一番近いあり方なのではと思うこともあります。そう書くと、それが答えのように思われるかもしれませんが、もちろん違います。

 魔女狩りの例では、女性を水に沈めて浮かび上がってきたら魔女なので処刑。浮かび上がらなかったら魔女ではないがどっちにしても死ぬ。魔女狩りに連れてこられた時点で死ぬことはわかっているのですが、こんな時、どうすればいいのか。そこに答えがあるかどうかで言えば確かにあります。しかしその答えが重要なのではなく、どこまで問い続けられるかが重要なのです。

 実は私は会社を辞めてから「問い」の連続でした。どうすれば生活できるのか。どうすれば新たな収入源を確保することができるのか。どうすれば本の出版ができるのか。どうすれば、どうすれば、どうすれば。その連続でした。「問い」を続けると、必ず「答え」が出てきます。それが絶対の因果関係です。現実レベルでは、その「答え」の通りに実行すればだいたいが上手くいきます。

 しかし「本当の自分」などのような、人生レベルの永遠のテーマについてはどうか。もちろんちょっと考えただけではわからないこと。しかし、その「問い」を続けることで、その「問い」と同化することで、必ずその「答え」が現れます。「答え」の方からやってくる感じです。そして本当にそこにつながることができれば、私の経験上、次々とミラクルが起こります。

 重要なのは「問い」を絶やさないこと。「問い」に対する答えが出てきたとしても、これでもか、これでもかと「問い」を繰り返すこと。するとある瞬間、絶対に揺らぎのない確信を得ることがあります。それを「悟り」や「目覚め」や「見性」と言うこともあるのでしょうが、そんな言葉で表現できることさえも超えたある種の確信。それを「神」と呼ぶことができるのかもしれません。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-04-20 23:39 | ■精神世界
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