宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

はい、導きです 2010.3.1

 今日から3月ですね。もう随分と温かく、滝行も気持ちがいい限り。もちろん冷たいことは冷たいのですが、「宇宙の呼吸法」でリラックスして入ると、それはもう「至福」の時です。滝に抱かれている感じで、正直、滝から出る時が一番切ないです。そんな滝も今年で6年目。よくやるよな~と思いますが、これも私のライフワークですから。

 ところで今日のお昼過ぎ、「あの世に聞いた、この世の仕組み」の雲黒斎さんから電話があっていろいろお話しました。華々しく本が出て、いよいよ独立して新境地。これからも目覚めの伝道師として、全国を行脚されるのでしょう。環境が変わることで、いろいろ不安な面もあろうかと思いますが、なんとかなっちゃうのが人生ってやつ。

 私が2005年に会社を辞めた時なんて、正直、悲惨でしたから。それでもなんとかここまでやってこれたのは、振り返ってみると、やっぱり何かの「導き」のようなものを感じさせずにはいられませんでした。当時、セミナーや講演をやったり、本を出したりなんてイメージはまったくありませんでしたし。今考えても不思議です。確かに随所で必死になったこともありましたが、そんなことも含めて導かれている気がしています。もちろん今もそう。そしてこれからもそうだと思います。出版のオファーも次々頂いていますし、今日は地元のラジオ局から出演依頼を頂いたりなど、面白い展開が開けています。

 こんな話をすると、「私は導かれている気がしないのですが、どうやったら導かれるようになるのですか?」なんて質問を頂いたりすることがあります。結論から言うと、導かれていない人など存在しません。30年間生きてきたのなら、その30年間を振り返ってみると、誰もが見事に導かれていることに気がつくでしょう。

 あの時、ああなって、この人に会って、こうやったからこうなった、みたいな。何一つ無駄がないはずなんです。ただ、中にはそれを認めようとしない人だっています。私の知るある人などは、中学生の頃に親の仕事の関係で外国に暮らしていたそうなのですが、その時、地元の学校に通うか、日本人の学校に通うか選択肢があったそうです。その時、日本人の学校を選んだそうなんですが、もしもあの時、地元の学校を選んでいたら、英語ペラペラのバイリンガルになって、今とは違うもっと素晴らしい人生を歩んでいたに違いないと、ずっと後悔して生きているのです。

 人生に「もし」はないのですが、あえてそう言ったとしても断言できます。その人は今よりも幸せになっていることは絶対にない、と。もちろん人生とは「選択肢」の連続です。しかし、本当はそんなの存在しないのです。あるように見えるだけで、やり直しがきかない以上、どう考えても「道」は一つなのです。そして進んだ道こそが必然であり、導きなのです。

 まずはそんな単純なことに気がつくのが重要。そしてそこには「感謝」しかないはずなんですが、あの時ああしとけばよかった、こうしとけばよかったなど、しても仕方ない後悔をするから、そこに感謝が芽生えないのです。宇宙につながるには感謝が大切、なんて書いてある本がたくさんありますが、それはやっぱり真実。

 人生に選択肢なんかないんです。進んだ道しか進めなかったのであって、別の道など存在しません。5次元にはあるかもしれませんが、少なくとも3次元に生きている以上はありません。常に「今」があるだけで、そのことに気づくと、やっぱり「感謝」しかないことがわかります。

 人生なんてなるようになるし、なるようにしかならないのですから。いろんなことをガチガチ考えても苦しいだけ。そんな苦しさから解放されるには、やっぱり「今」に生きる、そして力を抜いてリラックスして生きるのが一番。

 でもそんなのはうまく行ってるから言えるのでしょ、なんて言う人も時々います。正直言います。私だって目先のこと考えたら、そんなにうまく行ってることばかりじゃありません。失敗することもあるし、神経使うこともあるし、人間関係で悩むことだってあります。ただ、5年前に悩んでいたことを今も悩んでいることはないし、大きなスパンで見たら、そんな悩みや苦しみもすべて「導き」だとわかるのです。

 目の前に起こっていることには、いいこと、そうでないことあるかもしれませんが、誰もが長い目で振り返ってみると、そんな一つ一つがすべて「今」に至るまでの「導き」だったことに気がつくはず。それでも認めようとしないのは、気持ちとしてはわかるのですが、決して楽しい生き方じゃないでしょう。

 正直、それを認めるか認めないかだけの違いかもしれません。すべては導きであったことを。「今」があるのは、すべて「導き」です。それを過去に別の道を歩んでいたら、(今とは違うもっといい)今や未来があるはずだった、なんて思っている限りは、きっと未来も疑いながら生きて行くことでしょう。

 例えばこんなこともあるでしょう。すごく苦しい時期があった時、その苦しさからなんとか抜け出そうと努力して得た技術や教訓が、今の自分の最大の助けになっていると。うまく行ってるときには得られないもの。私も何度も苦しい目にあったことありますが、そのおかげで「今」があるのですから。

 私にとって人生で最初の挫折は大学受験失敗だと思います。その後、親のすすめもあってしぶしぶ予備校に行ったのですが、その時に出会った現代文講師のおかげで瞬時に読書家になり、文章を読んだり書いたりすることが大好きになりました。あの時、中途半端に大学に行ってたら、予備校に行ってなかったら、間違いなく今の自分はありません。ブログだって書けないでしょうし、当然、本だって出していません。

 まさにこの今、今、今、今、今、、、が導きなのです。これを読んでいる今もそう。確かに私も目先にはいろんなことがありますが、実は根底の部分で「導き」だと知っていますので、本当はものすごく楽。本当ですよ。

 なので2005年に会社辞めたのも「導き」だし、黒斎さんが独立したのも同じく「導き」です。それだけじゃないです。これを読んでいるすべての人、読んでないすべての人も、今、まさに導かれているのです。私、病気なんですが、それも導かれてるのですか、と聞く人もいます。ブログだから正直に言います。その通りです。めんと向かってだと、その手の話は気をつかってしまうので、つい語気を弱めてしまいますが、その通りです。導きです。

 そんなことは、「あの世」の世界では常識なですけどね。でも、「この世」ではなぜかガチガチ考えてしまいます。顔がブスだ、病気だ、背が低い、家が貧乏、ハゲてる、男だ、女だ、性同一性なんとかだ、胸が小さい、チ○コが短小、などなどすべてがまさに「導き」です。もちろんその逆もまた「導き」です。

 そのことに気がつくことが、「あの世」とリンクして、つまり悟ったように生きることになるのです。そしてもっともっと、へろへろへろ~って生きて行くことがきます。私のブログ読んでいる人から、私ってすごくストイックな人間だと思われることがあります。目標設定して、自分を律して、真冬の滝にも打たれてなど。それも事実ではありますが、滝に打たれながらも、「やっぱりオレはおっぱいよりもお尻派だよな」なんて考えてることもしばしば。観音経唱えながらね。だからと言って、観音様が「何がお尻か!ケシカラン!」なんてことは言いません。ただ、いつもと同じように滝が流れるだけ。行やって禁欲しながら「お尻」のこと考えて、それが現実です。正直へろへろ。でも、お尻のことを考えている時の方が、厳しい顔して滝に入っている時よりもリラックスできるのですから不思議。もちろん、いつもいつもじゃないですが。

 何の話だったっけ。そうそう、導きについてでしたね。もう何だっていいじゃないですか。何やっても、何があっても。どうせすべて導かれてるのですから。だから私は今日も明日も明後日も「お尻」のことを考えて生きて行こうと思います。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-03-01 23:39 | ■精神世界
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