222222222の世界 2010.2.22

 まずはお知らせから。2週間後の3月7日(日)に福岡で「出版記念特別講演会」を開催します。参加費は地元優遇価格にて「無料」です。他の地域では交通費その他の経費がかかってしまうので、福岡、それも今回に限定させて頂きますが、よかったら気楽にお越しください。

 ただ、以前、東京で「投銭トークライブ(無料)」ってのをやった時、申し込むだけ申し込んで、当日は連絡なしに来られず、キャンセル待ちの方が入れなかったこともありましたので、キャンセル時の連絡だけはお早めにお願いできればと思います。ほんと、そこだけです。無料で気になるのは。もちろん有料の時も連絡なしで来られないのは主催者側としてめちゃくちゃ困ることがあります。定刻になっても5分程度待つことが多いのですが、連絡があるだけで待たずに済む場合もありますから。

 と言うわけで、お申込みはこちらです。

■3月7日(日)
 開場:13:10
 開始:13:30(~17:00完全撤収)
 場所:大野城まどかぴあ・会議室2
    福岡県大野城市曙町2丁目3番1号
    tel.092(586)4000  
    http://www.madokapia.or.jp/access/map.htm
    http://www.madokapia.or.jp/
 参加費:無料
 定員:48名


 今日は7日行の3日目。気温は高くなっているのですが、滝の水はまだまだ冷たく、とても気持ちの良い滝でした。ただ、今日あたりから「花粉」がやってきたようで、目のかゆみとくしゃみが襲ってきました。てなこと書くと、毎年、たくさんの方から花粉に良いとされる商品をご紹介頂けます。甜茶やアメに始まり、ネットワークの商品まで。さすがに全部試すわけにもいかず、そうこうしていると花粉の季節が終わるのが毎年のこと。

 ま、私の花粉は日常生活に支障をきたすほどのものでもないので、季節の風物詩として、毎年付き合っています。鍼灸との相性はいいみたいですので、それでおさえながら。春が来たな~って感じです。でも、この季節は「沖縄」が恋しくなるのも本音。沖縄にはスギ花粉がありませんから、毎年、この季節だけは移住したいと思うのであります。

 3月13日(土)の「沖縄講演会」には家族3人で行くことになり、飛行機とホテルも予約しました。初日は那覇の国際通りのホテル。夜は講演会で、最初だけでもツレとちびQも顔を出すそうです。翌日はレンタカーで恩納村のホテル。今回の旅はホテル重視の3泊4日です。楽しみだな~。


 ところで私、すっげえ怪しい本を持っているのですが、何となく気になって再読してみたところ、やっぱり面白いことに気がつきました。いわゆる瞑想とかヨガの本なんですが、この本を自己流に解釈してやってみたところ、発狂したり死んだりする人がいるとのことで、あまりおススメはできないのですが、それでも書いてあることは面白かったです(知る人ぞ知る本ではあるのですが、興味があっても問い合わせなどなさらぬよう)。そう言えば前に、NLPの山崎さんも暗にこの本を指して「ヤバイ」と言っていたような。

 その中の「死」についての記述が興味深かったので、引用してご紹介しますと、、、


 本当に「死」がわかった人にとっては、「愛」と「至福」の秘密がわかる。「死」とは「個別性」が「全体性」に向かって、花開くことなのである。
 その時、あなたは知るであろう、あなたがすべてのすべてであることを。私とあなた、そしてそれ以外のすべてのもの、それは物質といわず、精神といわず、或いはあらゆる意識現象といわず、あらゆる自然現象といわず、すべてのものが「私」の中にあることを自覚するからである。目覚めるからである。
 それは、おおよそ霊的体験とか神秘体験といったものではない。それは本当に、現実に唯一存在する自分自身、無限にして永遠なる自己自身に目覚めることなのである。
 その時、一体いかなる問題がそこにあるのか。存在しているのは、ただ一人の・・・いいや、ひとりという言葉さえ正確ではない。なぜなら、本当に存在するものは、一と二、或いは〇と一というふうには、比較することのできない、ただ一つのものだからである。それに気づくことが、○○のゴールである。
 やったぜ、ベイビー!!!
 これが死の世界の答えである。



 この本がなぜに怪しいかと言うと、かついて戦後最大の宗教犯罪を犯した某教団のバイブルであったと言われるゆえんにより。と言いながらも、この本ほど「生」と「死」の本質をついた本もないのでは、、、と思うところがなんとも残念な話なのです。

 引用した文章にしても、何一つ無駄がないし、著者が死について悟った本質をただそのまま記述しているだけ。私がこの本をブログで紹介しないのは、責任が持てないから。一方で、小出しに紹介したくなるのは、それが本当の話だから。なので、もしも手に取りたいのであればご自身で探してください。ご縁があれば手に入ることでしょうから。

 結局のところですが、人は死ぬんです。永遠になくならない肉体など、少なくとも地球上にはなくって、誰もが100%の確率で死ぬんです。その一方で人は死にません。何言ってるのかわからないでしょうが、そう言うことであり、実は肉体的に死ぬ時期も最初から決まっているようなのです。

 とある人が言っておられましたが、生まれた時刻を見ると、その人が肉体的に死ぬ時期もかなり正確にわかるとか。でも、そんなことを知っても意味はありません。もしも意味があるとすれば、「人は死なない」ことを知ること。同じ本からまた引用します。


 おおよそ人間は、死を恐れることによって、一切のものを、一切の文化を、一切の文明を成立させている。そして、あらゆる競争や、あらゆる弱肉強食という歴史を形づくってきた。人類の歴史とは、まさに戦争の歴史なのだ。そして、それはまさに死を恐れるが故に、或いは死がわからないが故に起こっているにすぎない。今、死のその答えがわかれば、人間の行為がいかにバカ気たことの連続であったかに気づくであろう。


 まさに人類とは「生」と「死」の葛藤によって進化してきたわけで、確かに「葛藤」は「成長」を促しますが、真の悟りとは「葛藤」を超えたところにあることの事実。こちらは怪しくないのですが、私のバイブルの一つにロバート・ディルツ氏の「NLPコーチング」なる本があります。それはニューロロジカルレベルに従って、環境からスピリチュアルのレベルにまで、人間の成長を促すことが目的とされています。

 その最終段階におけるスピリチュアルの段階では「自由えの目覚め」と「ダブルバインド(にっちもさっちもいかない状態)を超える」ところに、人間存在の究極を見出します。「ダブルバインド」の例としては「魔女狩り」がよく説明されます。

 ある人を水に沈めて、もしも浮かび上がってきたらその人は魔女だから処刑する。浮かび上がってこなかったら魔女じゃないことは判明しても命を落としてしまう。つまりどっちにしても死ぬことは変わりない状況。これをダブルバインドと言うわけです。日常的にはお母さんが子どもに言う「本当のことを言わないと怒るわよ」というセリフがそう。本当のことを言っても怒られるし、言わなくても怒られる、どっちにしても怒られるわけで、子どもはそこから逃げることができず統合失調症などになってしまう。

 実を言うと、私たちが生きていることそのものが「ダブルバインド」だと言えます。私たちは「死」を恐怖しながら「生」を生きています。しかし「生」を生きるとは「死」に近付くことを意味し、言ってみれば私たちは「死ぬために生きている」ことになります。そのことが無意識に入っており、死から逃れる、生と死の葛藤から救われるために、私たちの文明は発達してきたと言えます。ただ、それ自体は決して悪いことでもなく、それ自体が人間に組み込まれたプログラムであると言えますので。

 ただ、そうは言うものの、「生」と「死」の葛藤に永遠と苦しめられて生きることは、決して「本当の自分」を生きることにはなりません。潜在意識は死を嫌います。自らに「安心・安全」を与えるために、様々な「条件付け」を施すわけで、自分自身が条件付けによってコントロールされている限りは、そこに「本当の自分」はないからです。

 昨日、「脳内麻薬」の話をしましたが、脳は常に「快」を求めています。「ギャンブル=快」というプログラムも潜在意識が作ったものですが、ギャンブルにコントロールされることが、真の自分であるとは言えません。医者の息子は医者になることを幼い頃から言われ続けるのですが、「医者にならなければならない」という条件付けにコントロールされて生きることが、真の自分であるとは言えません。ギャンブルしなければ快でない、医者にならなければ快でない。これが本当の自分でしょうか。

 「快」が「生」の一つの表現であるとすれば、それは「死」を恐怖するところから生まれます。つまり一切の条件は「死」の恐怖、「生」と「死」の葛藤から生み出されるわけです。そこには「本当の自分」はありません。では、そのような「生」と「死」の葛藤を乗り越えるにはどうすればいいのか。

 私たちは死ぬために生きている。これは間違いないのですが、その葛藤自体が苦しみを生んでいます。無意識レベルにおいても。そこで「死」に向かわない「生」のあり方、「生」とは切り離された「死」のあり方を体感するにはたった一つだけ方法があります。それが「今、ここ」を生きること、、、って結局、阿部敏郎さんの言うことと重なってしまうのですが、究極はそこにあるわけです。

 「今、ここ」にこそ「本当の自分」があるわけで、もっと3次元的な言い方をすれば「今、ここ」に生きられるようなあり方こそが求められるわけです。そのためには「好きなこと」しましょう、ってのもそう。瞑想だってその準備としてOK。滝行だってね。ですが、最終的にはみんな死ぬわけだし、それだって実は決まっているわけだから、あれこれ考えても仕方ないわけです。私たちにとって唯一絶対的なリアリティは「今、ここ」にしかないのだから、過去や未来などの「記憶」に生きるのではなく、もっともっと現実的な「今、ここ」に生きることこそが、「生」にも「死」にもとらわれない、最もリアルな「生」を生きることになるわけですから。

 と言うわけで、滝行を始めると、すぐにこの手のモードに入ってしまう自分が愛しい気がしますが、一方で講演やセミナーの集客のために頑張っていたり、沖縄楽しみだな~とか、花粉さんもう~とか思っている自分がいるわけです。でも、ま、そんなこともすべて「やったぜ、ベイビー!!!」なわけで、ただひたすら「今、ここ」に自分らしく生きて行こうと思うのであります。今日はこの辺で。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-02-22 22:22 | ■精神世界