浄化しよう! 2010.1.20

 今日は温かい一日でしたね。まるで春のようでした。今日は、いろいろと資料を作ったり、今後のことなどをしていました。とりあえず近々アナウンスしたいと思っていますが、今年も地元福岡でイブニングセミナーを開催します。NLPをベースとしたオリジナルセミナーですが、昨年よりもさらにパワーアップすると思います。とりあえず8回シリーズとして、第一回目は2月5日(金)の夜。終了後はもちろん懇親会をします。

 それから3月は沖縄でも講演会を開催します。3月13日(土)の17時からになりますが、一応、出版記念講演会ということで。こちらも近々お申込みを開始したいと思っています。会場は那覇の「てぃるる」で、予約もしました。ちなみに沖縄にはちびQも一緒に行く予定ですが、会場に姿を現すことはないでしょう。ちびQの名前は「沖縄の海と太陽」をイメージして付けられたようなので、ある意味、里帰りみたいなものでしょうかね。初めての飛行機は緊張しますが。ちなみに2月は大阪に家族で帰りますが、ちびQは2回目。私の両親も大喜びなんですが、逆に帰る時が大変ですね。寂しい思いをさせてしまって・・・(笑)。

 ところで今日もいろいろと本を読んでいました。今日読んだのは、図書館で借りてきた植村直己さんのエッセイです。ご存じのように植村さんは冒険家。登山に始まり、川下り、犬ぞりなど、極限的な冒険をいくつもしてきて、最後はアメリカのマッキンレーで消息を絶ちます。植村さんの本は、これまで何度となく読んできましたが、いつ読んでも何かしらの感動があります。先日、本が出たアルピニストの栗城さんも同様。極限の体験をしてきた人の話ってのは、文章の上手い下手を超えた感動が伝わります。そして何より等身大で、カッコ悪い部分も包み隠さず。それがまたカッコイイのですが、私にとっては、あの世界は「憧れ」の対象です。

 とにかく「懸命」という言葉がふさわしく、人生と言うものはかくありたいと思います。何もカッコつける必要がない。とにかくその一瞬一瞬に対して「懸命」に生きる。私が滝行をやるのも、もしかしたら、その境地に少しでも近づきたいからなのでは、と思ったりします。今更ですが、「滝行」は私にとってスピリチュアルにも、願望実現にも、クレンジングにも、何も関係ない、単なる「趣味」です。そして「趣味」のだいご味は、まさに「瞬間」にあるのです。

 マラソンにしても、スキーにしても、将棋にしても、音楽にしても、コレクションにしても、何にしても「趣味」とは、その瞬間瞬間に「没頭」できるからこそ趣味なのです。人間の根源的な欲求とは、結局のところ「瞬間」にあるのではと思います。営業の神様「加賀田晃」先生は、かつてサムセット・モームの「月と六ペンス」という小説を読み、人生観が大きくゆすぶられたと言う話をされます。その小説のモデルは、実在する画家ゴーギャンです。晩年、タヒチに移り住むわけですが、金も名誉もなにもいらない、ただひたすら絵を書くことだけに没頭する。そんな主人公の姿に心から感動し、加賀田先生にとって人生の指針となっているそうです。

 人生にとっての「成功」とは何か。一般的な指針となるものとして、金や名誉を否定するつもりもないのですが、私が考える「成功」とはまさに「瞬間」に「没頭」できるような人生のこと。滝行もそうですが、最近、出会った「禅」もそう。そしてインドなどの旅もそう。私は結局、その瞬間瞬間に「没頭」したいだけなのです。ブログだってそう。いつも何を書こうかとか考えて書くことはほとんどありません。とにかくブログを書くためにパソコンの前に座り、キーボードに手を置く。その次の瞬間、他愛のないこともあれ、次々と言葉が出てきて、まさに書くことに「没頭」している自分がいるのです。その瞬間は本当にハッピーです。だから私は毎日ブログを書き続けているのでしょう。

 宝満山に登っている時も、確かにきついのですが、その一歩一歩が至福の瞬間。まさに没頭。セミナーや講演会をやっている時もそう。テキストなど用意せずとも、話すことにひたすら没頭する。本当に幸せです。ちびQなんかも、チラシをグチャグチャに丸めることに没頭する。まさに没頭親子です。ただ、おっぱいや離乳食中に私が部屋に現れると集中しなくなると言われますが、それでも私の方を見ることにひたすら没頭しています。赤ちゃんって素晴らしいな~と思う瞬間。

 好きなことをやっていれば、お金はついてくる。自己啓発や成功本には決まってこのように書かれています。私もこれは本当だと思っています。ただし、その「好きなこと」とはひたすらそこに「没頭」できることでなければなりません。好きなことはあるのだけど、それがお金に結びつくとは限らない。そんな考えをするようなものは、決して「好きなこと」ではないし、続くこともありません。

 前も言ったと思いますが、例えばスピ系の人の中にはとかくヒーリングとかレイキとかで生活できればと思いがち。しかし、それで仕事になる人は、本当にごく一部。ほとんどいないと言っても差し支えありません。では、そのごく一部とはどんな人なのか。言うまでもなく「ヒーリング」が好きで好きでたまらない人。お金をもらえなくても、忙しくても、睡眠時間を削ってでも、それでも人を癒したいと思うような人。感謝されたいとかもありません。ひたすらヒーリング行為が好きで、没頭できる人。私の知り合いにはいます。

 もうなんか、、、細々としたこと言うのが、最近、面倒になってきました。確かに「願望実現」にはセオリーもあり、ある結果には原因があることも事実。うまくいかないのはその原因もあるし、うまくいくこともまた原因があります。しかし、そんな原因をいちいち探求したり、しかも時には前世だのカルマだの、目に見えないところに原因を求めるのもいい加減疲れます。

 浄化やクレンジングなんかもそう。今の自分がうまくいってないのは浄化が足りないからだ。そのためには、ホ・オポノポノだ、都留晃一さんの浄化ワークだ、先祖供養だ、ヒプノセラピーだ、、、と次々と手を出してはみるものの、いつまでたっても「まだ浄化が足りない、足りない」でキリがありません。

 もちろんその辺の大切さも、私は人一倍理解しているつもりです。ホ・オポノポノについても、ヒューレン博士のセミナーなんかより、私の方がずっと詳しく説明できるだろうし、実際、腑に落ちると思います。偉そうな言い方かもしれませんが、それくらいの自負はあります。なので、浄化やクレンジング、クリーニングといった行為が意味ないとは決して言いません。

 しかし、それでもなお言えることは、本当に目を向けるべきことは、そこにはないということ。理屈に理屈を重ねるようですが、そもそもは「浄化しなければならない」という観念自体を「浄化」する必要があるのです。前世やカルマがどんなものかわかりませんが、もしもそんなものにまともに目を向けてしまえば、一体どこまで行けばいいのやらとキリがありません。正直、限られた人生、そんな時間はないはずです。以前、私の知人に数十万円払って「全カルマ除去」のセッションを受けた人がいましたが、今はどうなっているのやら。

 もしもカルマがあったとしても、そのカルマ自体が今生における貴重なギフトです。そのカルマを乗り越えるためには、お金払って除去セッションを受けるのでもないし、せっせと浄化ワークに励むことでもありません。まさに今、するべきことに没頭する。その、今、今、今の繰り返しが、掛け替えのない人生を作っていくのだし、それこそが今生における使命なのです。「今」に目を向けず、過去や過去世の浄化に勤しむ暇などないはずです。

 植村直己さんの話から、また変な方向に走ってしまいましたが、とにかくこの一瞬一瞬にどれだけ「没頭」できるか。そこに人生の価値があります。過去の浄化、未来の浄化、自分の浄化、他人との関係性の浄化、浄化、浄化、、、オマエはそんなに汚いのか!!と問いただしたくなります。さっきも言ったように、「浄化しなければならない」という観念そのものをまずは「浄化」すべき。そのためにはどうすればいいのか。それがまさに「没頭」です。過去も未来も所詮は「記憶」の産物。いろんな出来事があったにせよ、すべてはうまく行っており、必然ベストなのですから、浄化の対象を決して敵視せず、そこに「感謝」の気持ちを持って今に没頭する。今に生きる。

 今この瞬間が素晴らしい。ただ、ひたすら、そしてひたむきに、、、今を感じて生きていきたい。ただ、それだけ。今を生きていると、そこにあるのは、「感謝」と「感動」。植村さんや栗城さんのような、極限的な体験を目指すような勇気のある人間ではありませんが、それでも「今を生きる」という姿勢だけは共感しているつもりです。本来、皆それぞれの人生が素晴らしい。浄化しなければならない人生など存在しないのが宇宙の計らいです。なぜなら宇宙は私を、あなたを、絶対的に愛しているのですから。そろそろ寝ます。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-01-20 23:39 | ■精神世界