宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

最高の先祖供養を教えます 2009.10.20

 ここ2~3日、ちょっと濃い目の日記が続いています。いつもより反響もあり、メッセージをたくさん頂きました。ありがとうございます。さて、今日はどんな日記を書きましょうか。一日の出来事としては、朝から滝行に行き、ちびQと遊んで、パソコンして、コーチングして、ご飯食べて寝る。いつもの日常でした。書くことが思い浮かびません。以上。

 と言いたいのですが、これで終わっては自分が気持ち悪い。そもそもなぜ毎日こんな長文のブログを書いているのか。一番的確な理由は「書かないと気持ち悪いから」です。毎日歯を磨かないと気持ちが悪いように、ブログを書かないとどうも落ち着かない。だから書いているのであって、何か特別なミッションを持って書いているのではありません。と言いながらも、読んでくれる人も多いので、全然意識してないこともありません。

 今日もある人と話をしていたのですが、人は毎日やっていることが、その人の人格そのものになるみたいです。そしてなぜかうまくいっている人のほとんどは、必ず一つのことを習慣としています。なぜそれが習慣となるのか。やっぱり「楽しい」からに他なりません。

 結局、私がブログを書くのも楽しいから。滝行を続けているのも楽しいから。願望実現のためのある習慣を続けているのも楽しいから。それでよくって、それじゃなきゃいけないとか、そんなことは一切ありません。毎日の習慣や行為の源は何か。私の場合、それは「楽しい」からなのです。

 インターネットが当たり前の時代になって、本当にいろんな情報が飛び交っています。それもブログ時代になってからは、いい情報もそうでない情報も入り混じって、完全に供給過多状態です。ブログ以前は、新聞にせよ、オフィシャルサイトにせよ、多くは編集者なり自分以外の手が入ってから配信されていました。しかし、ブログに関しては、発信者と読者が完全に直通しています。私のブログだって、書いてすぐアップ。誰に読ませるもなく、すぐにアップしますので、私と言う発信者による一次情報が常に得られるわけです。それは私だけでなく、あらゆるブロガーがそうです。

 そしてブログには面白い記事も少なくありません。編集者の手が加えられないだけに、書き手の生の声が伝わるので、文字通り生々しくて面白いのです。ただ、それは同時に危険性を常にはらむものでもあります。だからこそ読み手のりリテラシー(識別能力)が求められるのです。

 しかし、その手の能力に鈍感で、無防備のままに情報に接すると、身の危険、心の危険にさらされる可能性があります。その点で言うと、私のスタンスはあくまで「正直」であること。昨日の記事にも書いたように、以前の私と今の私とは一貫性のない部分もあります。と言うか、半分くらいは矛盾していると思います。でも、そんな恥ずかしい過去の記事を削除せずにとっているのも、それは「正直」でありたいとの気持ちです。もちろん3~4つは削除しましたが、それは、今、残しているといろいろ支障をきたすのでやむを得ずです。「正直」を徹底できなくて申し訳ないのですが、それもまた私の正直さと言えば詭弁でしょうか。

 それはともかく、以前は「『ありがとう』が水の結晶をきれいにする」と書いていましたが、今では決してそんなことはないと書いています。一方、「ありがとう」を言い続けることで運が良くなると言っても否定はしません。素手でトイレ掃除をするとお金が貯まると言っても否定はしません。そんなこともあるでしょうから。

 しかし、もしも「願望」を持つのであれば、「ありがとう」と言うことが、行動をしないための代替手段となっているのであれば、それは真っ向から反対です。例えば「ありがとう」を一日100回言えば運が良くなると、何かの本やブログに書いてて、それを実行したとしても、それだけで具体的な願望か叶うことは決してありません。

 世の中の多くの人の関心事として「お金」があります。月収100万円をコンスタントに取っていれば、とりあえず生活に困ることはあまりないでしょう。普通の生活である限り。そこで「月収100万円」を達成するために「ありがとう」を一日一万回、それを100日言おう。正直、これでは絶対に達成できません。「ありがとう」と言うことが悪いのではなく、そうすることで現実的な目標に到達するための具体的な行動をしなくなるのであれば、それはむしろ害悪です。

 「ありがとう100万回」などせずに、がむしゃらに働いている方が、絶対に早いし確実です。そしていろんなブログを読むと、そんな情報が山とあります。その一つが「宇宙となかよし」です。以前、「聖徳太子の一万円札を財布に忍ばせておくと、高度経済成長時の波動により、収入が右肩上がりに上がる」というデマを書いたことがあります。これは完全に私の思いつき。でも、一応やっていました。すると右肩上がりとは言わずとも、一応、好き勝手やっていけるようにはなりました。

 そして次にその一万円札を銀行で新札に取り換えました。私の説が正しければ、状況は悪化するはずですが、結果的にはそれ以降もずっと良い調子です。少なくとも、私に関しては「高度経済成長時の波動」は関係なかったようです。この手のネタはいろいろあります。「素手でトイレ掃除」「トリンカファイブ」「満月通帳」「お札にアイロン」「小銭磨き」「10%寄付」「枕の下にお金」、、、などなど、全部やりました。今は一つもやっていません。

 しかし、今の方がそれらをせっせとやっている時期よりも収入はあります。では、どうやって収入を上げることができたのでしょうか。それは具体的に収入を上げる方法をいろいろ考え、それを着実に実行したからです。とりわけヒントとなったものとしては、加賀田晃DVDや「紳竜の研究」などがありますが、それらはめちゃくちゃ現実的かつ具体的。「ありがとう」なんて呪文はありません。結局、やったことしか返ってこないわけです。それがわかっただけでも、スピテクに走った時代の意味はありました。

 今となっては、そういうテクニック的なことは私が勝手に「秘伝」と名付けていること一つだけ。後は具体的に行動を積み重ねるだけです。そして今にして、どうすれば具体的に収入が得られるかもわかってきました。なので先にわかった者として言えるのは、当たり前のことを当たり前にやらずして結果は得られないということ。

 瞬時に状況を好転させる「魔法」などありません。最近、流行っている「魔法」としては「ホ・オポノポノ」がありますが、正直、これは素晴らしいです。なぜ素晴らしいかの根拠もあります。「あいしてる」「ありがとう」「許してください」「ごめんなさい」と言うとよい。これは真実。そのような言葉をほとんど言ったことのない人が言うと、効果はてきめんでしょう。

 ただ、正直に言うと、私が最初に「ホ・オポノポノ」を知った時は、「また、新手のものがやってきたな~」と思いました。それを先導する代表的人物が船井幸雄。船井さんは五日市剛さんにも最初に飛び付き、しばらく紹介していました。ただ、プロフィールを勝手に「ツキ研究家」とされていたのは、五日市さんにとってもいい気はしなかったでしょうが。それはともかく、船井さんなどの代表的スポークスマンを中心に、次から次へと新しい手法が紹介されては廃れを繰り返しているのが、いわゆる精神世界のマーケットです。

 そして最近ではブログ発信なのでしょうか、「生かして頂きありがとうございます」とか「あまてらすおおみかみ」とかの呪文が流行っているようです。素晴らしい言葉だとは思いますが、これもまた新手のものの一つ。線香を焚くなど儀式とセットだといいみたいです。

 ま、それはそれでいいかな、とは思います。しかし、私個人の思いを率直に述べると、もうそろそろいいんじゃない、、、ってこと。「ありがとう」も「ホ・オポノポノ」も「あまてらすおおみかみ」も、なに言ってもいいのです。害はありません。でも、それを言う理由なりが重要。

 それらが例えば、良くないと知っていながらしてしまうことへの「免罪符」や、具体的な行動をせずに済ますための「言い訳」や、さらには、しなければ悪いことが起こるんじゃないかとの「恐怖心」から来るものであれば、結局は堂々巡り。今後、「新手」がやってくれば、またそこに飛び付くだけです。その繰り返しじゃないですか!これ言われてドキッとする人もいるでしょ!

 以前の私がそうだったからこそ言えるのです。2006年6月6日の日記をよかったら読んでみてください。「666」の数字が並び「3つの6」だから弥勒菩薩。弥勒菩薩は未来をお守り頂く仏様。ゆえにその真言である「おんまいたれいやそわか」を21回なり唱えると未来安泰、、、なんてこと平気で書いてますから。恥ずかしいけど、そのままにしています。本当に弥勒菩薩に帰依してるならまだしも、単に真言唱えるだけで未来安泰なんてあり得ません。それを証拠に、その時、それを唱えた人は今でも安泰じゃないでしょ。
 
 あと、この辺からおかしいと思い始めたのが、あらゆる苦しみから解放されるための遠隔ヒーリング(ディクシャ)。これは一定の時間に無料で遠隔ヒーリングしてもらえたようですが、そんなことで尊い「苦しみ」から解放されてどうすねん、、、と思う以前に、それに参加した人、今もまだ苦しいでしょ。

 だからそろそろ、その手の呪文や儀式から卒業しましょうよ。別に言ってもいいんですよ。ただし、言うならば、自分自身にようく聞いてみてください。免罪符?言い訳?恐怖心?それじゃいつまでたっても卒業できません。そうではなく、最初に話に戻りますが「楽しい」という感情であれば、それでいいと思うのです。

 私がブログ書くのも、滝行するのも、山登りするのも、それらは純粋に楽しいから。車の中とかで不意に「ありがとう!」とか大声で言うこともあります。それもまた楽しいから言うのです。近頃、しきりに「先祖供養」の話を聞くのですが、先祖供養は大切だと思います。しかし、本当の意味での「供養」ってなんでしょうか?

 私は今、ようやく先祖になることができました。5月に子ども(ちびQ)ができ、子どもから見れば私は父親であり、一番身近な先祖です。先祖の私から見て、ちびQがどうあれば嬉しいと思いますか。笑顔が嬉しいに決まってるじゃないですか! ちびQはまだ赤ちゃんです。この先、どんどん自我が芽生えて、まともに話をするようになるでしょう。その中で躾をする必要もあり、時には叱ることもあるでしょう。

 それでも、私が一番嬉しいと思うのは、子どもが楽しいと思い、笑顔でいること。これは私の両親もそうであれば、祖父母もそう。私の先祖が一番供養されるのは、私自身が私らしく、そして楽しく人生を歩んでいることでしょう。線香焚いて供養するのもいいです。でも、しないからと言って、先祖が私を罰することなんてありません。それは「父親(先祖)」となった私が実感として知ることです。

 しなければ先祖カルマが解消されないとか、バチが当たるとか、よくないことが起こるとか、そんな「恐怖心」のもとで供養されても、先祖は喜びますか? 私なら喜びません。便りのないのは元気な知らせとも言います。怖々と線香焚いて、「生かして頂きありがとうございます」なんて呪文唱えられても嬉しくないでしょう。私の好きな言葉があります。

Be yourself!

と言う言葉。「あなたらしくあれ!」という意味。この「自分らしさ」が一番出てくるのは「楽しい」とか「わくわく」という感情に包まれている時。それによって「感謝」の気持ちが自然に現れてくるとき。話を戻すと、今、本当にいろんな情報があります。いい情報、そうでない情報、いろいろあります。

 「ホ・オポノポノ」があなたらしいのであれば、どうぞ続けてください。「生かして頂きありがとうございます」があなたらしいのであれば、どうぞ続けてください。線香供養があなたらしいのであれば、どうぞ続けてください。「ありがとう百万回」があなたらしいのであれば、どうぞ続けてください。そうです。本当に続けてください。

 でも、もしもそれが自分らしくないのであれば、どうかやめる勇気をもってください。楽しくないことを嫌々とか、怖々とやっていても、ご先祖は喜びません。先祖が一番喜ぶのは何か。それは、

「あなたがあなたらしく生きている」

ときです。あなたがもしも楽しいという感情に包まれているのであれば、それはあなたらしく、そしてご先祖も微笑んでいらっしゃるでしょう。どんどん手助けしてくれるでしょう。でも、そうでなければ、どうぞ思い出してください。

Be myself!(自分らしくあれ!)

 何度も言いますが、私は楽しいからブログ書いてるのです。楽しいから滝行するのです。楽しいから山登りするのです。楽しいからセミナーするのです。楽しいから旅をするのです。楽しいから笑うのです。

 ご先祖はあなたの「笑顔」を何より喜びます。それこそが最高の供養です。自分らしさ、そして笑顔。それさえあれば、今後、どんなことがあってもぶれることはないでしょう。何があっても大丈夫。そもそも大丈夫。大丈夫。

 あ、今日も濃い日記になりましたね。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-10-20 23:39 | ■精神世界
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