宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

阿部敏郎さんの「いまここ塾」は2回目 2009.9.26

 今朝は、ちびQ、、、めちゃくちゃ早起き。4時半に起きて、きゃっきゃ言ったりして、まるで休日に早起きをする小学生のよう。両親はぐったり(笑)。私も昔、幼稚園や小学校に行く日はギリギリまで寝ていたのに、日曜日の朝、「仮面ライダーV3」を見るために6時前に起きていたのを思い出します。それにしても可愛い。普段はこの5倍は笑います。カメラ向けられてちょっと緊張しているのかな。



 夜は先月に引き続き、阿部敏郎さんの「いまここ塾」に行ってきました。80名ほどだったでしょうか。私の知り合いも何人か来られていました。今日も例によってメモなどは取らず、心で感じるがままに話を聞いてきました。そしてこれまた例によって、講演会の感想と言うより、それを通して得た私の感じを今から書きたいと思います。

 今日は先月とはまた違った内容でしたが、つくづく驚かされることがあります。正直、このような話をこんなにたくさんの人、それも全国的にたくさんの人が聞きに来ている現実。これはやっぱり「時代」なのでしょうか。特別、人々に勇気や希望を与える話でもなく、3次元的な現世利得を刺激する内容でもなく、かと言って昨今のスピリチュアルブームに準じた話でもありません。阿部さんが過去に経験した、特定の「感じ」をいろんな角度から思いつくがままに話をするだけ。しかし遠慮なしに言うと、極めて重要な話であることは確か。

 今日は阿部さんのちょっとした生い立ちからスタートして、私も初めて聞く話ばかり。このような講演会はすでに25年近くやっているとか、昔は自己啓発のセミナーの講師をしていたとか、その後、禅とのコラボで独自のセミナーをやっていたとか。しかし、その間、のべ一万人近くの人に今語っているような話を伝えていたけど、ちゃんと理解している人は一人もいなかったであろう、と。しかし今は、一つの「体験」を通して、それを共有する人が増えてきた、またはその「体験」前夜の人が増えてきた。そんな「時代」であると言います。

 その辺のことは正直私にはわかりません。いわゆる「宗教」とは別に、精神世界やスピリチュアルといった話があるのを知ったのは2004年のことで、高々5年足らず。ですので、時代の変遷みたいなのは、リアルにはうかがい知れないことです。それでもなんとなく、時代の流れみたいなのはあるかな、それもこの2~3年と言わず、この数か月、数週間でガラリと変わっているような印象を受けてきました。そしてそれは今日、阿部さん自身も同じことをおっしゃっていました。

 と言いながらも、これまでと変わらず、淡々と時間が流れているだけなのかな~と思う時もあります。ですので、よくわからないのが正直なところ。それでも、こうやって2回も連続して阿部さんの講演会に足を運んだのは、少なくとも私にとっては、すごく意味があることのように思えています。阿部さんの「いまここ塾」というブログ自体は、かつて同じブログランキングの上位にあったこともあり、存在だけは知っていました。しかし、正直、読むことはほとんどありませんでした。実は今でもそうですが、ランキングの他のブログを読むことはほとんどありません。一応、スピリチュアルランキングにいますが、正直、守護霊とか前世とかオーラとかアセンションとか、その手の話はあまり面白くないからです。どうでもいいこと。

 と、言いながらも、私のブログの性質はやっぱりスピリチュアルになるのかもしれません。結局のところ、現世利得を充実させるためのスピリチュアルには今は全然興味がなくて、とりあえずひたすら究極の何かを求めているだけ。それを極限まで3次元的な言い方で表現すると、結局のところ「大丈夫」であることに尽きるのです。そしてその「大丈夫」であることを、多くの人に知ってもらいたい。その気持ちこそが、私にとってのスピリチュアルなのでしょう。

 そう言えば、私は昔から「大丈夫、大丈夫」が口癖だったかもしれません。それで親からもよく怒られていました。「大丈夫」と言いながら、テストで赤点とるものですから。しかし、今でこそ言うと、赤点なんてどうでもいいし、100点が素晴らしいわけでもありません。少なくとも兄弟3人の中では、超優秀と言われた兄と弟に比べて、私が一番生活力はあるようですし、その意味で、やっぱり「大丈夫」な状態になっています。

 ですので、「大丈夫、大丈夫」という口癖も、確かにいい加減に聞こえる言葉ですが、あえて都合の良い言い方をすれば、私は深いところで「大丈夫」だと思っていたのかもしれません。そして2005年に会社を辞めてからのこの4年間、率直に言って「大丈夫」を信じることだけで生きてきました。

 何度も言うように、会社を辞めた当初は貯金が30万円。家賃が6万円なので、それで3か月をギリギリで乗り切り、4か月目の家賃は企業年金の一時金を解約することで充てました。それが11万円。それと引き換えに、私は65歳以降、企業年金をもらえなくなってしまいました。そしてもうじり貧の極みに達した時、それでも「大丈夫」を信じることで、何と10月から不思議と収入が入り始めたのでした。

 そしてその翌年2月、15日前後で全財産が3万円になった時もありました。あと半月で家賃も払えません。その時、100日滝行をしていたので、断念して就職活動するかの瀬戸際になりました。しかし、不思議なことに、まちづくりNPOから突然仕事の依頼を受け、月末には30万円が振り込まれ急場をしのぎました。それが代表的な二つですが、それ以外にも細かいピンチは幾度となく経験しています。

 しかし、なぜか私は「大丈夫」だと思っていたのです。根拠などありません。しかし、阿部さんの話を聞いて、改めてそうだったのかと思うことがありました。阿部さんはかつて、瞑想体験によって究極の姿を見たと言います。それによって魂は一つ、俺はお前、人は生まれも死にもしない、ただ「いまここ」があるだけ、など一連の「悟り」を経験しました。その結果、やっぱり「大丈夫」だということを強く認識したようです。

 そう言えば私にも同じような経験がありました。これまた何度もブログに書いていますが、会社を辞めた直後に3週間(21日間)、一人でインドに行ってきました。夜にデリーに着き、バスを降りて800メートル歩けば安宿街に到着。その歩いている時、暴漢に殴られ、逃げるように乗り込んだタクシーから悪徳旅行会社に連れて行かれ、そこで所持金のほとんどを奪われます。

 さらに自暴自棄にラダック地方に飛んで(悪徳旅行会社で倍の値段で買わされたチケット)、一週間過ごすことになったのですが、クレジットカード残高が5,000円しかないことに気づきます。それで一週間、辺境の地で過ごさねばならず、町で一番安い宿に泊まり、ひたすら日にちが過ぎるのを待つだけ。することがないので、中5日間で般若心経を1,000巻あげることを思いつき、一日200巻ずつ上げていきます。その5日目、850巻を過ぎた辺りから、急激な変化が訪れます。滝のように涙が出てきたのです。とまりません。そして目の前に電光掲示板のように「感謝」の文字が浮かび上がります。そこで得た体験は「絶対感謝」の境地でした。

 それを機に、私の世界観が180度変わってしまったのです。なんだ、運が悪いと思っていたけど、やっぱり「大丈夫」やん、て。結局、そのような「体験」があったからこそ、その後は、多少、経済的にピンチになったとしても、必ずそれを巻き返して、それが当たり前になったのでしょう。もちろんピンチは経済だけでなく、人間関係も幾度かピンチなったことがあります。そして今、、、どうか言うと、すべて「大丈夫」になっており、実際、今年に入ってからはいわゆる3次元レベルにおいても、ほとんど困ったことが起こらなくなっているのです。

 そもそも「大丈夫」ってなんだったのでしょう。実は私は今までこう思っていました。

「大丈夫と思っているから大丈夫なんだ」

と。しかし今日、阿部さんの話を聞いて実は違っていたことに気づかされました。「思っているから」つまり「大丈夫」という「ビリーフ」を持っているから大丈夫なわけじゃないのです。そもそも「大丈夫」だから大丈夫だったのです。絶対的に大丈夫なのです。

 大丈夫と思っているから大丈夫なのではなく、そもそも大丈夫。難しい言い方をすれば、アプリオリに大丈夫だったのです。なんだ、結局そうだったのか。しばしば精神世界系で「すべてはうまくいっている」なんてことが言われますが、それは確かにそうですが、そう思えないところが人間。そして皮肉なことに、精神世界に興味を持つ人の大部分は、「すべてはうまくいっている」と思えないから、少しでも前向きな言葉が欲しくてやってくるわけです。ですが、ピンチになると、すぐに「大丈夫」を忘れてしまう。忘れると言うことは、まだまだ浸透してないのです。

 スピ系セミナーをすべて受けようが、本棚がすべてスピ系で埋められようが、「大丈夫」であることを真に知るには、不十分、、、というかそもそも的外れなことだってあります。つまり「言葉(意識)」で「大丈夫」といくら言っても、心身に浸透するとは限りません。しかし一度でも、「大丈夫」を「体験(無意識)」で知ってしまうと、その後はすべて「大丈夫」になってしまうのです。その「体験」のことを「悟り」と呼ぶのかもしれません。

 最近、阿部さんは翻訳家の山川紘矢さんの本に、まるで自分自身を発見してしまったことをブログで書かれていました。山川さんの新刊に、確かに阿部さんがいます。その部分をブログから引用します。


そのままで大丈夫だから。
宇宙の計画は完璧で、心配しなくても大丈夫だから。
『人間は死ぬことがない永遠の存在だ』というメッセージを伝えるのが僕の使命です。
僕たちはみんな、同じひとつのものです。
全てはひとつです。
宇宙を信頼しましょう。
人生には成功も失敗もありません。
あなたのままで、そのままでいいのです。
とにかく瞑想を始めましょう。
人生で一番大切なことは覚醒体験で、そのことを通して本当の自分を知れば、問題はたちどころに解決してしまいまいます。
すでにそんな目覚めの連鎖が始まっていて、それは日本から起こるのでは・・・

「輪廻転生を信じると人生が変わる」(ダイヤモンド出版)より

 
 この後、すぐに阿部さんは山川夫妻とつながって、密なやり取りをされているとか。思ったことがすぐに現実化することの例としてお話されていました。それはそうなんですが、何よりこのメッセージです。おこがましい言い方ですが、私も完全に腑に落ちています。唯一、「瞑想」だけはまだ実感としてわからないものの、「人生で一番大切なことは覚醒体験で、そのことを通して本当の自分を知れば、問題はたちどころに解決してしまいまいます」はまさにそう。

 私たち人間は「問題」に直面する宿命がある生き物。犬や猫の動物にはそれはありません。そもそも選択肢が一つしかなければ問題は生じません。問題の多くは「葛藤」から生じるもの。動物は常に「無意識」的な衝動に従って、たった一つの選択肢によって生きています。しかし人間には「無意識」から独立した「意識」がありますので、そこに「選択」という思考が生まれます。それが「葛藤」となり「問題」となるのです。

 しかし人は「葛藤」なり「問題」によってしか成長することはありません。そしてその「成長」こそが人間としてのお役目です。もっと言うと、それによって「魂」を成長させることが、宇宙から唯一課されたお役目なのです。

 そして私たちは「問題」に直面した時に、それを解決しようとします。または諦めようとします。しかし、実のところ「問題」とは解決するものではないのです。「問題」は解決されるものなのです。その辺のニュアンスおわかりでしょうか。

 今日、阿部さんがわかりやすい例を出してくれました。「眠り」について。私たちはほぼ毎日眠ります。しかし、眠ろうと思って眠れる人は実はいなくって、眠りは自然とやってくるもの。3秒後にさあ眠りましょうと言って、意識的に眠りをゲットすることは不可能。そのための準備(布団に入って横になるなど)をすることで、眠りが来るのを待つしかない。それが「眠り」の本質なのです。

 「問題」の解決も同じ。問題解決の準備は必要です。それを努力や行動ということもあるでしょう。しかし、問題とは意識的に解決できるものでは実はなく、解決されるときに初めて解決されるのです。それは阿部さんや山川さんが言う「覚醒体験」も同じ。そのためには「瞑想」という準備が必要となる。または「瞑想」に準じる準備が必要となる。私の場合、意図的に瞑想を習慣化しているわけではないもの、しばしば一人旅に出ますし、一年中滝に打たれています。

 2005年5月のインドでの「絶対感謝」の体験が、私にとっての「覚醒体験」だとすれば、それはいわゆる「瞑想」という手段によったのではなく、標高4,000メートルの高地において、般若心経というマントラをひたすら唱えることで、深い「瞑想」と同じような境地に達したのかもしれません。しかし、般若心経を1,000巻あげようと最初から思ってラダックに行ったのではありません。会社を辞め、インドに行き、暴漢に襲われ、所持金を奪われして、その流れにおいて出てきた行動。もしかすると、それが私にとっての「準備」だったのかもしれません。

 確かに「覚醒体験」によって「問題」はたちどころに解決されるでしょう。だからと言って、「覚醒体験」を求めて「瞑想」しても、まだ準備ができてなければ訪れないもの。まさしく「覚醒体験」や向こうからやってくるのです。そしてその「体験」は誰一人残らず訪れるもの。それはもしかすると今生でないかもしれません。それでも「魂」は「覚醒」することが決められています。その「覚醒」のことをアセンションと言うかもしれません。しかしそうであったとしても、アセンションは求めてすぐに得られるものではなく、準備ができた段階でおのずとアセンションの方からやってくるのです。

 そして「覚醒」によって人は「大丈夫」であることを知ります。それは大丈夫という思い込み(ビリーフ)や、恣意的な自由意思を超えたところの、絶対的事実として「大丈夫」があることを知るのです。

 では、どうすれば「覚醒」するのでしょうか。単に「瞑想」だけすればいいのでしょうか。私はそうでないと思っています。それは3次元に生きていることの意味をしっかり理解し、3次元的営為をまずはまっとうすることです。そして何かの拍子に「瞑想」の方からやってくる。

 お釈迦様は若い頃は贅沢三昧酒池肉林を経験し、ある日、修行の旅に出て、この世を絶する苦行を経験します。それらは言ってみれば3次元的営為の象徴となるのかもしれません。そしてそれらをしっかりまっとうした時、スジャータから乳粥をもらい受け、菩提樹の下で静かに「瞑想」状態に入りました。その菩提樹はe-BOOK「宇宙となかよし」にある木の写真がそう。これはブッダが瞑想した菩提樹の孫にあたるそうですが。

 話を戻すと、「覚醒体験」には「瞑想(またはそれに準じる行為)」が重要です。しかし、私はその「瞑想」さえも、自分から入るのではなく、入るべくして入るために「瞑想」が自分に向かってやってくるものだと思っています。卵が先かどうかで言えば、まずは目の前の問題にしっかり取り組むこと。その暁には、もしかしたら「瞑想」方からやってくるのかもしれません。私にとっては、それは「旅」や「滝行」でした。

 と言うわけで、今日の「いまここ塾」もいろんな気づきを頂きました。ただ、私はそこで何がしかの気づきを得たくて参加していると言うより、どこか懐かしい感じ、安住感みたいなものがあり参加した。今日は終始そんな感じで話を聞いていました。

 終了後、阿部さんにご挨拶させて頂きました。私が名を名乗る前に、阿部さんの方から握手を求めて頂き、「やあ、久し振り」みたいな、ある意味の初対面と思えないような雰囲気がありました(会ったのは2回目ですが、面と向かって話たのは初めて)。表現の仕方は違えども、同じような体験を有してる。そんなことを言って頂けました。今後、「いまここ塾」が私にとって何をもたらすかわかりません。でも、なんだか時間の許す限りは参加したいなあと思いました。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-26 23:39 | ■精神世界
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