音楽による至高体験 2009.9.24

 今日は久々にジャズを聴きに行ってきました。サラリーマン時代は週に2回は行ってたと思うのですが、最近は本当にご無沙汰。よく行ってた博多の老舗ジャズクラブNew Comboは8時からスタートするので、急いで残業を切り上げて駆け付けたものです。

 今日行った理由は、純粋にジャズが聴きたくなったのはもちろんですが、私の「感性」がどのように変化しているのか、そんな不純な動機もあったのです。当時は仕事のストレス解消とか、酒を飲みたくなってとか、実に真っ当な理由でジャズを聞いていたのですが、今日はちょっと違ってたかな。ま、それはそれでいいです。

 今日は、これまたサラリーマン時代には、来博すると必ず聴きに行き、CDも何枚も持っている「ケイ赤城トリオ」です。メンバーはケイ赤城のピアノ、本田珠也のドラム、杉本智和のベース。ピアノのケイ赤城さんは、マイルス・デイヴィスの最晩年のバンドメンバーをつとめていました。その時の姿がユーチューブで確認できます。いい時代になりました。



 それにしても、今日もやっぱりぶっ飛びました。たぶん、一般の人が持っているジャズのイメージにはない音楽です。もしもジャズをムード音楽のようにとらえているのであれば、今日の演奏なんか、おそらく3分で耐えられなくなるでしょう。私も最初はかなり混乱しましたから。

 普通、ピアノトリオの場合、ピアノがわかりやすいテーマを弾いて、次にアドリブソロ、そしてベースのソロから、ドラムとの小節交換を経て、最後にテーマに戻る、みたいななのが一般的です。ですが、このバンドはそんな聴き方が一切許されず、常に次に何が起こるかわからない、みたいな感じが延々と続きます。私はジャズは全般的に何でも好きなので、いわゆるオーソドックスなワカリヤスイジャズも大好きです。次にこう来て、そうそう、みたいな。ですが、時にはその「そうそう」の枠を取っ払ってくれるものも楽しみたい。その意味でケイ赤城トリオは極めています。

 音楽、そして感覚を文章にするのは難しいし、意味もないと思いますが、それでも私の感じたことをちょっと文章にしてみたいと思います。とにかく今日も期待を裏切られまくり。音楽に限らず、我々は常に何かの「期待」をしながら生きているように思います。例えば対人折衝でも「こう言えば、こう返ってくる」みたいな、ある種の「常識」に縛られながら生きています。「ありがとう」と言えば「どういたしまして」と返されるような、そんな「期待」において。

 これはジャズや音楽でも同じで、何百何千回もジャズを聞いてくると、おのずと次に何がどうなって、ってのがわかってきます。もちろん素人の耳の範囲で、演奏者と同じレベルにおいてとは決して言えませんが、それでもなんとなくわかってきます。そこに「期待」や「常識」ってのが形成されるのですが、ジャズ聴いてて、その「期待」通りだったら「いえ~!」と盛り上がるのですが、時々、その「期待」を裏切る音楽に出会うことがあります。ただ、その裏切り方も2種類あって、一方は「なにやってんねん!」と、もう一方は「そうきたか!」です。強引な分け方ですが、前者を「下手」と言い、後者をなんとかと言います。

 ケイ赤城トリオはもちろん前者ではないものの、私の「期待」を常に裏切ってくれるので、最初、心地いいかと言えば、決してそうではありません。ただ、途中から気がついたのですね。俺って「頭」で聴いてるやん、て。「期待」を裏切られたら、すぐに「頭」で処理しようとする自分がいたのです。

 「期待」の通りであれば、そのまま「心」で楽しむことができるのですが、そうでなければすぐに「頭」に変換。それではせっかくのジャズの時間が無駄になります。そして途中から「心」で聴くことに切り替えたのですね。すると、もう、これは凄い世界でした。

 私は音楽は好きですが、それで飯を食うことは無理。音楽に注ぎ込む努力も才能もないのはわかっていますから。でも、私は私らしい表現で、自分の人生を生きています。その上で、ジャンルは違えども「超一流」に接するのは、すごく有意義なことでした。私は今、セミナー業をやっていますが、どんなに素晴らしいセミナーを何回受けても、今日の演奏で得たような「何か」を得ることはできない気がします。

 ケイ赤城と言う人は、それこそ世界最高の人(マイルス)と2年間やってきて、そして今でも世界最高峰の音楽を繰り広げています。つまり世界の頂点に位置する人の演奏が、この福岡で聴けることはめちゃくちゃ幸運なこと。それもお客さんが15名前後しかいないような空間で。すごい贅沢。
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 邪な考えかもしれませんが、その世界レベルの超一流から、「何か」を得たいと思う気持ちもあり、そしてその目的は達成されたと思います。月並な言い方ですが、あのレベルになると、細かいところまで徹底的に手を抜かない、というか「細部」こそに「神」が宿っていることを、まざまざと見せつけられます。とにかく、こればかりは生で聴いてもらうしかなくって、本当に凄い世界を見てきました。

 ちょっとだけ変な話をしますが、後半のセットで、私は途中から目を閉ざして細部に細部に心を研ぎ澄ませて聞き始めました。すると、私の目の前に何やら広大な空間が広がり始めたのです。海とも山ともわからぬような、とにかく異次元的な空間が目の前に広がり始めました。そして突如、その空間になにやら「扉」のようなものが出てきて、そこに入りかけるところで、反射的に目が開き、その空間も消滅しました。あの「扉」は何だったのだろうか。もしもあのまま「扉」の向こうに行っていたら、私はどこに連れて行かれたのでしょうか。とにかく凄い瞬間でした。

 例えばこれは冬の滝行で意識がダウンした時、突然、「金星」の光景が見えたのにも似ています。ちなみに「金星」って言えるのは、導師がそう言ってたから。私が何やら滝の中である光景を見ているのを、導師がそこにチャンネルを合わせたらしく、後から「金星」だと教えてくれました。ほんまかいな。でも、時々、そのような超次元的な体験をすることもあり、今日のライブではまさにその瞬間を再体験した感じでした。

 先ほどの「期待(常識)」の話で言うと、世の中には「期待(常識)」の範囲内で生きることを是とする人、その外に飛び出すことを是とする人、その2種類があるように思います。その「期待(常識)」とは私的な言い方をすると、「潜在意識(のプログラム)」と言えるかもしれません。体験・経験において何がしかのパターンが形成され、それが「潜在意識」として一つのプログラムを作り上げます。それは癖だったり、思い込みだったり、そして「期待」だったり。

 そしてその「期待」の範囲内で生きることを「楽(ラク)」と言いますが、それが「楽しい(タノシイ)」こととは必ずしも結びつきません。ですが、自分の常識や期待、そして潜在意識に埋め込まれたパターンを乗り越えると、最初は居心地悪いかもしれませんが、そのうちなぜか「本質的な自分」が出てくることがあります。それは非日常的な「旅」においても経験できること。

 人生ってのは、結局、そのような「期待(常識・潜在意識)」を乗り越えていくところに、醍醐味があるんだな~と思いました。そしていわゆる「至高体験」とはその延長上にあるもの。「魂」もっと言えば「宇宙」に直結するような「至高体験」をするには、自らの「枠」とどんどん取っ払って、それを乗り越えていくところにある。

 その意味で、今日のライブでは、かなり抽象度の高い世界において、何がしかの「至高体験」があったように思います。「扉」が開いて、もう一歩だったのですが(笑)。ちなみに、こんなこと書くと、その「至高体験」を求めてケイ赤城さんのライブに行きたがる人がいるかもしれません。でも営業妨害ではありませんが、やめといた方がいいです。純粋に楽しむつもりで行くなら大歓迎でしょうが、準備ができてなければ、あの濃密な世界に弾き飛ばされる恐れがありますから。人によってはとにかく受け付けないでしょう。それほど凄い世界。あのような世界観を毎日のように表現しているあの3人は、やっぱりタダものじゃないし、世界レベルの超一流であることに疑いはありません。

 私にとって、およそ次の動画レベルの世界観。



 失礼しました。でも、わが子が笑顔に勝る幸福なし。それこそが「至高体験」とも言えるわけです。それはともかく、素晴らしいライブでした。また、来年も行きたいと思いますし、これからもちょくちょくジャズは聴きに行こうかと思います。旅と同じく、音楽も私にとって大切なもの。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-24 23:39 | ■音楽 | Comments(0)