「伊勢白山道」考 2009.8.30

 今日は選挙。昼過ぎから親子3人で行ってきました。もっとも、ちびQは選挙権ありませんが、今回の選挙は世紀の「政権交代劇」が見られるだろうし、民主党の子育て対策にも期待を寄せて、清き一票を投じてきました。そして下馬評の予想をはるかに上回る議席の獲得で、政権交代が相成りました。時代が変わる・・かな?

 正直、政治そのものはそんなに急には変わらないでしょうが、国民の「機運」みたいなのは変わりつつある気がします。何より今回は最高の注目を集める選挙でしたし。2009年8月もこれにて閉幕。やっぱ凄い月だったと思います。

 ところで今日は、ひとつ、「内在神」について書きたいと思います。「内在神」ってのは、ブログランキングをクリックして頂ければご存じの、あのモンスターブログにて提起される概念です。もう伏字にすることもないと思いますので、「伊勢白山道」というブログについて。

 私自身、そのブログについて丹念に読んでいるわけではありませんので、言及するに的外れなこともあろうかと思います。ですので、記事の細部についてあれこれ言うことではありません。ただ、先日、丸善書店に行った時、そのブログの著者の方の著書が3冊平積みになっているのを確認し、つい先日、2チャンネル時代の読者である方とお話したこともあり、一つの「現象」として興味深いものがありましたので、ちょっと考察してみることにします。

 まずは「初めての方へ」を読んでみたのですが、はっきり言って素晴らしいことが書かれています。現状に感謝する、魂を成長させるための生老病死の恩恵、先祖供養の大切さ、そして内在神を信じること。まったく批判に当たることなどなく、どれもが素直に受け入れられることです。しかし、それは同時に目新しい話もなくどれも「あたりまえ」のこととも言えます。もちろん「あたりまえ」のことを当たり前にできる人は、世の中、決して多くありませんので、何度もそのことを提示することは意義あることでしょう。

 ただ、私が興味深いと思ったのが、ある意味、昔から何度も言われてきたような道徳的な話に、なぜにあれほどまでの読者がつくのか、それも熱狂的に。それはマーケティングの視点から見ても興味がそそられます。ですので、今日の考察については、著者であるリーマン氏の霊視の判断など内容そのものではなく、「伊勢白山道」という「現象」そのものにスポットを当ててみたいと思います。

 例えばビジネス書界で言えば、「伊勢白山道」に匹敵する人がどのくらいいるでしょうか。古くは大前研一氏か、最近では勝間和代氏、本田健氏、石井裕之氏くらいでしょうか。例えば「伊勢白山道」に関する著書が発売されるとなると、予約の段階でアマゾン総合一位に輝きます。これはビジネス書から見ると驚愕の現象。実際、ビジネス書界では「アマゾン」は一つのベンチマークであり、そこで上位を取るために、作家はありとあらゆる手を使います。よくあるのがアマゾンキャンペーンで、ブログやメルマガを通じて、読者に対して一定期間にアマゾンでの購入を促すものです。そのキャンペーンに参加された方には、著者の音声やレポート、セミナー優待券などがもらえます。そのキャンペーンのやり方についても、それはちょっとやり過ぎでは、、、と思われるようなものもあります。そしてキャンペーンで人為的に上位に食い込んだ本が面白いかと言えば、決してその限りではありません。そもそも本当に面白い本であれば、キャンペーンなどする必要ありませんから。

 それに対して「伊勢白山道」関連書籍はそのような工作をせずとも、発売前から堂々一位。やっぱり内容が面白いからなのでしょう。もちろん面白い面白くないは、人それぞれで一概には言えませんが、少なくともそれだけの読者を獲得していることは事実。なんでこんなに売れるのでしょうか??

 そこでちょっと思い当たったのが、ビジネス書のベストセラーである、ロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん貧乏父さん」、本田健氏の「ユダヤ人大富豪の教え・スイス人銀行家の教え」など。実はこれらの本と「伊勢白山道」にはある共通点があります。それは何でしょう??

 本当はここで思いっきりひっぱりたいのですが、答えを先に書くと、それは「匿名性」です。今ではキヨサキ氏も本田氏も公言しているようですので、書いていいと思いますが、「金持ち父さん貧乏父さん」や「ユダヤ人大富豪・スイス人銀行家」は存在しません。キヨサキ氏に関しては、キャッシュフローゲームを売るためのパンフ本だと言いきっています。つまりそれらの本に登場する、メンターとなる人物は実在せず、彼らの全くの創作だったのです。

 しかし、多くの読者は、実際に「金持ち父さん」も「ユダヤ人大富豪」もいると思って読みますし、そうであるからこそそこにロマンを見てしまうのです。もしも仮にキヨサキ氏が「これは私の創作です」と最初に言ってたのであれば、あれほど売れることはないでしょう。キヨサキ氏という実在の人物ではなく、どこかに実在するとされる神秘的な存在の教えだからこそ、人は夢中になって読み進めるのです。

 それと同じようなことがブログ界でもありました。「実現くん」というブログです。これはすでに閉鎖されているのですが、そのミラーサイトがあちこちにありますので、検索すれば出てくるでしょう。「実現くん」とは、月収30万円の平凡なサラリーマンが、様々なスピリチュアルテクニックを実践することで、短期間に月収1,000万円を実現したとされる方のブログです。それが本当かどうかはわかりませんが、そこで紹介されるテクニックの具体性やわかりやすさなどから、一時期、熱狂的に読者を獲得しました。

 しかし、結局、「実現くん」の正体はわからずじまいでした(知ってる人は知ってるんですけどね・・)。そして閉鎖したにも関わらず、誰かが勝手に復刻して未だに読まれているようです。ともかく、その正体のわからない「実現くん」のブログはその「匿名性」ゆえに読者を本当に熱狂させました。もしも、これが匿名ではなく、山田五朗が書いているとかだったら、そんなに熱狂しなかったのではと思います。よくある願望実現ブログの一つにすぎないとされ。

 このように人は「匿名」に対して、並ならぬ関心を示すものです。そしてそれは「脳」のメカニズムそのものなのです。例えば次の図を見てください。さてこれは何でしょう?
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 まず左側は言うまでもなく「円」と答えるでしょうが、右側については多くの人は「欠けた円」と答えるでしょう。しかし厳密にはこれは「欠けた円」ではなく「曲線」です。なぜその「曲線」に対して「(欠けた)円」と見てしまうのでしょうか。それは人間の「脳」のメカニズムによります。脳は欠けたと見える部分について、どうしてもそれを埋めたくなるからです。脳には空白を埋めたくなる原則があるのです(詳しくは山崎啓支「NLPの基本がわかる本」)。

 例えば韓国ドラマをつい徹夜して見てしまった人も少なくないと思います。なぜなら韓国ドラマはどれも続きが見たくなるような終わり方になっているから。もちろんドラマは何でもそうですが、韓国ドラマは特にそんな感じです。つまり続きが「空白」になってしまい、脳の空白を埋めたがるメカニズムによって思わず延々と続きを見てしまうのです。つまり人は「空白」に引き寄せられる性質を持つのです。

 2年ほど前に流行った「ザ・シークレット」も同様。読んでみるとなんてことない成功哲学なんですが、古今東西の成功者がこっそり実践してきた「シークレット(秘密)」がある、なんて言われると、俄然知りたくなってしまいます。しかも「量子力学」なんて魅惑的なタームが散りばめられてたりして。これもよくわからないから魅惑的なんです。

 要するに「金持ち父さん」も「ユダヤ人大富豪」も「実現くん」も「ザ・シークレット」もその正体・実体がよくわからないから、魅力があるのです。そしてそれは「伊勢白山道」も同じこと。私が認識する限りでは、「伊勢白山道」の著者リーマン氏はまったく謎に包まれています。一応表向きはサラリーマンとなっていますが、それだからこそ、実はとてつもない力のありそうな人に思えてしまいます。しかもしばしば「霊視」などと、これまた脳に「空白」を作ってしまう神秘的な言葉が随所に出てきます。それも2チャンネル、ブログ、書籍と続く中で一貫してその「匿名性」を保持したままでいます。私が知る限り、そのような前例はありません。
 
 ここまで来ると、確かにブログ自体は生身の人間が書いているにせよ、何かとつてもない神秘的な存在が書いているかのように錯覚してしまいます。その神秘的な存在が、時折、「霊」の話を交えながら、非常に道徳的なことを説いていくものですから、もはや逆らえない説得性を感じてしまうのです。そして完全に虜になってしまうのです。

 ちなみに「伊勢白山道」を読むと、おそらく無意識だと思いますが、いわゆる「催眠言語」が非常に巧みに用いられています。例えば8月30日の「避けても無駄です」の中で「空気を避けて生きる事が出来ないように、霊を避ける発想も間違いなのです」と書かれていますが、これ読むとすごくもっともらしく正しく感じてしまいますよね。「空気を避けて生きる事が出来ない」は明らかに正しいです。しかし「霊を避ける発想も間違い」は本当でしょうか。それぞれを切り離して読むとおかしいことに気付くのですが、それらをつなぎ合わせると、なぜか正しいように錯覚してしまいます。それをエリクソン催眠では「リンキング」と言います。その他には「流動性」「固定化」「霊的ハンディ」「感謝の磁気」など、とり出してみるとよくわからないんですが、文章の中に埋め込むと途端にもっともらしくなる言葉が羅列されます。それまたエリクソン催眠では「ノミナライゼーション(名詞化)」と言います。その辺りは指摘し出すときりがなく、あたかも催眠言語の教科書のようです。

 つまり、「伊勢白山道」はその「匿名性」によって読者を引きつけ、さらに催眠言語によって読者をさらに深くまで落とし込む仕掛けが巧みになされているのです。もちろんそれは無意識でしょうが、意識してできるものでもありません。そしてコメント欄を読むと、そこに書き込みをされる読者は完全に「トランス」に入っていることがわかります。例えば多くのコメントの最後に定型的な言葉が並んでいますが、まるで洗脳された信者がその教団のマントラを必死に唱えているかのようです。
 
 ここまでくると、ほぼ全自動的に「伊勢白山道」に書かれてあることを信じてしまいます。人はそもそも「一貫性」を保ちたくなる生きものです(詳しくはロバート・チャルディーニ「影響力の武器」)。自分にとって心地よい、都合のよいことが書かれてあると、その人が書いていることは、すべて正しいと思いたくなるものです。ある程度距離を取っていると、ここは正しいけど、そこは違うな、と冷静に読むことができるのですが、完全にはまり込んでしまっていると、その冷静さを失い、すべてが正しいと自動的に思ってしまうのです。

 例えば「先祖供養に3本の線香を焚く」は間違いでもありませんが、絶対正しいわけでもありません。つまり儀式の作法の一つとして、やりたい人がやればいいだけのものです。そしてそれがいいと信じている人にとっては本当にいいものなのです。現実は個々の認識によってつくられますから。ちなみに私の祖母は朝晩不動明王の真言を唱えていましたが、それがいいと思っているので、本当によかったんだと思います。私の知る限り、とても幸せな老後でしたし。

 同じように、「3本の線香」をしっかり実践して、そして心穏やかな生活を送ることもできるでしょうが、そうなればなるほど、それを提唱する人の言うことまでも正しいと「一貫性」を保ちたくなるのです。それは脳のメカニズムなのです。例えば上のエントリーについて、「仏像なども霊を寄せて、その場に固定化させています。固定化された霊が霊障を起こします」とありますが、これだと仏壇のある家はどうなるのでしょうか。場合によっては、深くはまってしまった人は、先祖代々の仏壇を処分することも考えられます。

b0002156_128390.jpg 確かに「伊勢白山道」で書かれてあることは、素晴らしいことが多いです。しかし、私はそこで最も大切な「内在神」という意味を今一度確認して、その上で読まれるのがいいと思われます。「内在神」とは私の言葉で言うと「超意識」のことです。「潜在意識」が自らの「安心・安全」を守らんとするがために、しばしば行動のブレーキをかけてしまうものであるのに対し、「超意識」は普段は「潜在意識」に覆い隠されながら、最終的に自分自身を絶対的に守り、最善の道へと指南してくれる最も深い意識のことです。

 その部分につながることは、もしかすると「悟り」と言ってもいいのかもしれませんが、「超意識」つまり「内在神」を信じることが、本当の意味で自分らしく、祝福された生き方になると私は考えています。「内在神」とは何か。そこに「伊勢白山道」の最も大切なメッセージが託されているのでしょう。

 世の中には様々な苦難が待っています。だからこそ魂は磨かれ、自分らしい生き方へと近づいて行けるもの。ですが、しばしば自分の心を奪われてしまいそうな魅力的な存在に遭遇することもあります。そんな時こそ「伊勢白山道」で説かれている「内在神」の存在へと立ち返り、苦難や誘惑に打ち勝つ勇気を呼び覚ますのです。

 今日、24時間テレビを見ていたら、とても感動的な話が紹介されていました。ある女の子は先天的な呼吸器の障害を持ち、ほどなくして声を失ってしまいました。声とは通常、肺から出る空気が声帯を震わすことで出るものです。それが、その女の子は呼吸器の手術によって、空気が声帯を通ることなく外に出てしまうようになったのです。つまり物理的に声を出すことは不可能になったのです。しかし、その女の子はおしゃべりがしたいとの強い思いによって奇跡を起こします。何と肺からの空気でなく、胃袋から空気を声帯に送り出すことで、声を出すことを可能にしたのです。医学的には完全なる奇跡だそうです。

 私はそこに「超意識」であり「内在神」を見ました。もはや医者の力ではその女の子に声を返すことはできません。しかし、その女の子は自らの力で奇跡を起こし、声を取り戻したのです。その思い、そしてその力は、私たちの想像を絶するものだと思います。誰にも頼ることができず、自らの可能性を信じるしかないのです。そして奇跡が起きます。まさに「神」が宿った瞬間。自らの内にある神を呼び起こした瞬間なのです。

 本当の幸せとは最終的に自分で勝ち取るもの。誰かに聞いて与えられるものではありません。今一度、「内在神」の意味をしっかりと理解し、信じることで、あらゆる困難に打ち勝ち、本当の幸せを手にしようではないですか。神はだれ一人例外なく内在しているものですから。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-08-30 23:39 | ■精神世界