宇宙となかよし

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松本の話 2009.2.9

 実は今日は久々に体調が悪かったのかもしれません。半世紀前は花粉症と言う概念がなく、風邪で処理されていたと聞きますが、まさしく風邪ひきのような状態でした。実は昨日の夜から悪寒のようなものはあったのですが、熱はなし。今朝もちょっとだけしんどい感じだったので、今日は一日中家で養生していました。週末はセミナーもありますし。おかげ様で今は完全復活。単に疲れていただけなんですね。

 ところで今日も「松本人志の放送室」を聞いていました。30時間分をmp3に落としてiPodに入れて横になって聞いていました。松本人志と放送作家の高須光聖が一時間、だらだらとしゃべっているだけ。何でこんなのが面白いのかわかりませんが、めちゃくちゃ面白いのです。私自身も「しゃべり」を本職とする人間と自覚しているので、松本人志しかり、島田紳助しかり、千原ジュニアしかり、彼らの「しゃべり」はめちゃくちゃ参考になります。何度も言うように、私が物心ついてから、最初に面白いと思ったテレビタレントが島田紳助でした。紳助が「紳竜の研究」の中で言っているように、自分で面白いと思う人間が一番自分に近い、となると、私が島田紳助に憧れ、それをモデリングしたくなるのは当然。

 ただし、私と島田紳助とではいわゆる「表象系(VAK)」が違っています。「表象系」とはNLPの用語であり、人はV(視覚)、A(聴覚)、K(身体感覚)のうち、いずれかに優位性があるとされています。特徴を述べると、

<V(視覚)優位の人>
・「視覚(目で見たもの)」に強く反応する、物事を画像で処理する
・画像でイメージしながら話すため、身ぶりも大きく、話すスピードは速い
・目線は上向き

<A(聴覚)優位の人>
・「聴覚(耳で聴いたもの)」に強く反応する、物事を音や論理で処理する
・リズムやテンポを重視し、論理的でわかりやすく話す
・目線や横向き

<K(身体感覚)優位の人>
・「身体感覚(身体で感じたもの)」に強く反応する、物事を感覚で処理する
・身体で感じながら話すため、ゆっくりとした話し方をする
・目線は下向き


 大まかですが、以上のような特徴があり、人はすべての「表象系」を備えてはいるものの、何が優位かはそれぞれ異なります。私の場合は「A(聴覚)」が第一なのは間違いないですが、「V(視覚)」と「K(身体感覚)」はその時々で変わるようです。一方、島田紳助は典型的な「V(視覚)」優位の人です。実際、紳助はしゃべる時、常に画像をイメージしながらしゃべっているようで、話すスピードも猛烈に速いです。

 ですので、私と紳助とでは「表象系」が異なるため、そのままのモデリングは難しいはずなんですが、小さい頃から紳助を見てきただけで、その辺はあまり違和感がないようです。実際、私も身ぶりは大きいし、話すスピードも速いです。ちなみに漫才ブームの3つの漫才コンビ、B&B、紳助竜介、ツービートは、面白いように「視覚優位(V)」と「身体感覚優位(K)」のコンビで成り立っていますね。言うまでもなく、洋七、紳助、たけしが「V」で、洋八、竜介、きよしが「K」です。

 そして松本人志はと言うと、、、私が見るに非常にバランスよくVAKが備わっているように思います。松本人志って人は、非常に不思議なんですが、彼のことを嫌う人をあまり聞きません。浜田は嫌いだけど、松本は好きと言う人も多いです。紳助などは、私のように猛烈に好きな人がいる一方で、やっぱり嫌いだと言う人も少なくありません。ですが、松本のことを「好き」な人は多いですし、「好き」まで言わなくても、「嫌い」と言う人はあまりいないように思います。好き放題しているのに、とても得した人間性だと思います。

 ですが、分析的に見ると、やっぱりVAKが絶妙なバランスで配分されており、どの表象系の人に対しても、違和感なく映るのもあるでしょう。例えばしゃべり方一つ取って見ても、画像をイメージさせるような細かい描写をする時もあれば(V)、物事を客観的・分析的にとらえながら話す時もあります(A)。擬態語が多いのも特徴。そして普段はゆっくりとしたスローテンポで話すことが多いです(K)。肉感的な表現を多用するのも「K」の特徴です。ですので、松本人志は誰に対しても、ある種のラポールが成立してしまうのでしょう。後輩からも慕われ、また、別の事務所の若手や同年代からのリスペクトも大きいようです。全然話変わりますけど、昨日、テレビに「さかなくん」が出てましたが、あれはアカンです。テンションが高く、声がうるさすぎてラポールなしです。言っては申し訳ないけど、いじめられる原因もあるように思います。

 で、話を戻しますが、松本人志はやっぱり凄いです。「松本人志の放送室」を聞いていても、なんでこんなに面白いことが言えるのか不思議です。松本人志はそれだけ「笑い」に対する天性の勘が備わっているのでしょう。何せ少年時代から日常的に漫才や落語を聞いたりやったりしていたそうで、環境も大きく影響しているんでしょうね。言葉の選び方、話の構成などなど、学ぶところはたくさんあります。技術的には「ギャップ」とか「天丼」とか「3段落ち」とか解説はできるのでしょうが、これらは意識してできるのものではありません。

 例えば「放送室」の中で、こんな話がありました。松本と高須の幼馴染の「電気屋の藤井」の話。藤井はとにかく昔から勘違いが激しく、変に厚かましいところもあり、松本と高須が「ガキの使い」かなんかの会議をしているところに突然現れ、他のスタッフとかもいる前で、突然、あれこれと話に加わろうとするのです。まったく部外者の素人であるのに。そこで高須が「藤井のあのボーダレス観はなんやねん!厚かましい!」みたいな話に対して、松本が「そうそう、バリアフリーにもほどがある」みたいな返しをするわけです。この辺の言葉の選び方が松本の上手いところ(高須も相当うまいですが)。つまり「藤井の滑稽なまでの厚かましい様」に対して「バリアフリー」という堅苦しい言葉をぶつけることで、そこに「ギャップ」を生み出し笑いを取るのです。

 松本はそう言うことを瞬時にできますし、話の構成も実に見事なものです。「すべらない話」などは、ぜひ紙に書き写して分析したいところ。紳助も言ってますが、「笑い」ってのは、すべて理論があるわけです。ただ、それを無意識にできるかどうかが重要なんですが。それでも、「すべらない話」や「放送室」を何度も聞いているうちに、おそらくは自然と話し上手になることと思いますが。ただし、単に聞いてるだけではダメ。紳助のように分析的に聞くとかなり効果があると思います。

 このような「笑い」のメカニズムについては、実は「タカトシ」にせよ、「ブラマヨ」にせよ、「チュートリアル」にせよ、みんな備わっているものです。しかし、松本を文字通り「笑いの天才」と呼ぶしかない、松本だけのすごいリソースがあることも事実。確かに紳助も面白いです。しかし、紳助自身が認めているように、「笑い」を生む才能に関しては、紳助でも松本には敵わないのです。その松本の才能については、ちょっとやそっとでは真似できません。実はミルトン・エリクソンにも通じる、何か不思議な才能が松本にはあるのです。

 私は今まで、松本に対してこんな声を聞いたことが何度かあります。

「松本の本当の面白さはこんなものではない」
「松本が本気出したら、もっとすごいはずだ(けど、テレビでは出せない)」
「松本の頭のよさは半端じゃない」

など。しかし、これってよく考えると変な話です。「何で、お前がそんなこと知ってるねん!」ってこと。「松本の本当の面白さ」とか「松本の本気」とか「松本の頭」とか、何で素人のお前がそんなこと言えるねん!と思うのです。実際、こう言う人は多いです。自分だけが知ってるかのような口ぶりで松本を熱く語る奴が。って、私もかもしれませんが。

 ただ、私が思うに、松本は決して手を抜いてるわけでもなく、能力を隠しているわけでもないでしょう。その時、その時に自然な感覚で、普通にやってるだけ。もしも「本気ださない」なんてことを「意識」するようでは、あんな「笑い」は生み出せないでしょう。松本にしても、自分がどうして面白いのかわかってないかもしれません。紳助でさえもわからないと言っていますし。

 一つ言えるのは、普通の笑いは「話者主導」であるのに対し、松本の笑いは「聞き手主導」であることです。つまり、「タカトシ」の例で言えば、「欧米か!」と何度も繰り返せば、自然と笑いが生まれることは誰もが知ってることだし、そこにしか笑いはありません。B&Bが「もみじ饅頭!」と言えば笑いが起こるのも同様。要するにネタやギャグから、一直線に笑いが生み出されるのです。100人聞けば、100人が笑うのです。

 一方、松本の笑いは、よく言われるように「変化球」そのものであり、「タカトシ」の一直線の笑いがミットにズバンとおさまるのに対して、松本の場合は大暴投のように見えて、気がつけば、その人独自のストライクゾーンにしっかりおさまっているような感じです。この「その人独自のストライクゾーン」というところがミソです。指定されたキャッチャーミットにはまるのではなく、その人にしかないゾーンにズバンと来るので、ある意味「自分にしからわからない笑い」みたいな錯覚を与えてしまうのです。

 ミルトン・エリクソンはセラピーの際、意表をついたメタファーや寓話を話すことによって、クライアント自身がそこから自らの力で治癒を始めるようなことがよくあったそうです。これはコンサルティングとコーチングに例えることもできます。コンサルティング(狭義にティーチング)の場合は、クライアントの問題に対して特定の答えを与えようとします。つまり問題に対して直球を投げるのです。一方、コーチングの場合は、高度な質問によってクライアントが自ら問題点、さらには解決策を見出していくものです。そして言うまでもなく、根本的な問題解決に近いのがコーチングであったり、エリクソン的な療法だったりするわけです。

 問題点や解決策をクライアント自身の方から見出して、自らの力によって克服するのです。松本の笑いもこれに似ています。「笑え!」という直球ではなく、「これ言ったらおもろいんちゃう?」みたいな、相手に「笑い」のツボを探させるような、そんな笑いの取り方をするのです。つい先日、「ダウンタウンDX」かなんかだったと思いますが、温水洋一さんがゲストに出ていて、松本が何かの話の流れで温水さんの頭髪の話なり、「コロコロ4回くらいで済むんちゃいます?」みたいな発言をしたのです。もちろんこれが笑いです。「コロコロ」ってのは、カーペットなどを掃除する際の粘着ロールのこと。これを4回ほど温水さんの頭で転がせば、毛が全部抜けますよね、と言う意味です。しかし、これをそのまま言ってしまえば、単なる悪口になります。それを「コロコロ」というぼかした表現にして、しかもなぜか「4回」。この辺が松本の真骨頂です。「なんでコロコロやねん!なんで4回やねん(3回や5回じゃなく)!」という突っ込みをテレビの前の視聴者にさせているのです。ここで視聴者は「コロコロと4回で笑えた自分は松本の高度な笑いについて行ってるぞ!」みたいな、いい気分にさえなるのです。

松本の笑いは絶えずそう言う気分にさせるもの。いい気分です。だからこそ松本を嫌う人が少ないのです。ちなみにこのネタの直後、同じくゲストの土田晃之が松本のトークにかぶせて「4回どころじゃ済まないですよね」なんて台詞を言ったのです。「あいた!」と思いました。単純にかぶせてるだけで、何の発展性も面白味もありません。しかし、ここはさすがに松本。即座に「もうええわ!」と大声で突っ込み、さらに笑いを誘うのです。おかげで土田の面目も崩れず、話の進行もスムーズにつながりました。土田は割とそうやって人の笑いに便乗することが多く、私はあまり面白いと思いません。オタクネタがなくなると、すぐに消えるでしょう。

 てなわけで、松本人志を聞きながら、なぜかNLPだとか、コーチングだとかの話に寄り道しちゃいましたが、私もある意味「しゃべり」を商売道具とする上で、松本のトークはめちゃくちゃ参考になるのです。そもそも人を怒らすこと、泣かすことは簡単ですが、笑わせることは至難の業。それを松本は30年近く第一線でやってきているのです。参考にならないわけがありません。私も実は、近頃はいわゆる「成功哲学」などよりも、「お笑い」の方からいろんなことを学ばせてもらっています。もちろん私は「お笑い」で生きるわけではありません。そんな難しいことは私にはできませんから。でもそのエッセンスを私のセミナーやコーチングに活かせればと常に思っています。とりあえずは週末14日のコンサートでのトーク。そして翌日15日のセミナーでその辺が活かされればと思っています。どうぞお楽しみに!
 
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by katamich | 2009-02-09 23:54 | ■ビジネス・事業
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