宇宙となかよし

katamich.exblog.jp

Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

ハッピーなリズムで生きる 2009.1.24

 今日は土曜日で畑観音の日なんですが、午後から用事があったので不入道に。不入道までの道のりで雪が凍りそうな箇所があり、車のスピードを落として慎重に進みます。滝場に着いたら真っ白でした。正直、うわ~こんな日も滝に打たれるんか~と思うのですが、打たれるしかないのです。

 昼からセミナーに参加していました。鹿児島在住のNaomiさんの「コズミックダイヤリー」に関するセミナーです。Naomiさんは私がまだサラリーマン時代から「宇宙となかよし」を読んで頂いています。その意味で、私の成長をずっと見守って下さっている、ジャイアンじゃないですが、まさしく「心の友」みたいな方です。そして私もNaomiさんが「コズミックダイヤリー」を広めていくことをミッションにする瞬間を知っていたので、福岡に来られるのであれば、これは是が非でも行かなければ、、、ということで、雪の中駆け付けたのであります。

 ただ、申し訳ないのですが、雪のためにバスが遅れてしまい、到着も遅れてしまいました。それでもきちんと「場」の流れをスムーズに保ちながら、遅刻した私を迎え入れてくれたのはさすがだと思いました。Naomiさんは講師であると同時に、歌手でもあります。だからというわけじゃないですが、MC慣れしてる部分もあるのか、今日のセミナーでのお話も実に見事なものでした。ずっと笑顔を絶やさず、参加者との距離を保ちながら、そしてなおかつ重要な部分をしっかりとおさえながら進行され、4時間のセミナーがあっという間でした。本当にNoamiさんらしさ溢れる素敵なセミナーでした。

 セミナーの細かい内容については、ぜひ、機会あればNaomiさんのセミナーにも参加して頂きたいと思うのですが、一つだけシェアすれば、それは「リズム」の話。それは「コズミックダイヤリー」の極意でもあるのですが、そもそも一年が12か月というのは、誰がどんな根拠で決めたのでしょうか。もちろんそれにも理由があるのでしょうが、1月は31日、2月は28日、3月は31日、4月30日なんて、ガタガタの暦が本当に人間のリズムに調和しているのでしょうか。じゃあ、タンポポがそんなリズムでもって芽を出し花を咲かせているのでしょうか。なわけありません。自然界の文字通り自然のリズムを感じながらタンポポは芽を出すのです。それは植物だけでなく、動物もみな同じ。ある意味、人間だけが、そんなガタガタのリズムによって物事を決めているのです。考えてみれば、不思議な話です。

 「コズミックダイヤリー」はまさしく、今の人間たちが無批判に慣れきっている「不自然なリズム」に自覚し、本来の「自然のリズム」に目覚めてもらう、その「きっかけ」を与えるものだと思っています。もちろん「コズミックダイヤリー」がなければ、自然に戻れないかと言いば、決してそうではありません。不自然なグレゴリオ暦に生きながらも、なぜかやることなすこと「自然のリズム」上にある人も世の中にはたくさんいます。Naomiさんいわく、私のブログを読む限り、私もその一人なんだそうです。ま、私はサラリーマンじゃないので、自分のリズムで生きやすい環境にはありますが。しかし、大部分の人は「不自然なリズム」の中で生活しており、そこから様々なストレスを生み出していることにも一理あるかもしれません。

 ちなみに今月の新月は1月26日です。その日は旧暦の正月でもあります。そしてその日に私が取材を受けたNHKの番組は放送されます。何かのスタートとして、すごくシンクロだと思いませんか。これも私が自然のリズムに生きてる証拠、、、なのかな。今日のセミナーでも言ってましたが、本来、日本人ってのは、ものすごく自然と調和し、自然とのコミュニケーションを大切にしてきた民族だと言えます。例えば「月」にも一つ一つ名前があることを、改めて確認できました。新月と満月だけでなく、十五夜(じゅうごや)、十六夜(いざよい)、十七夜(立待月・たちまちづき)、十八夜(居待月・いまちづき)、十九夜(寝待月・ねまちづき)などがあり、それぞれにきちんとした意味があります。ですので、昔の人は月の形を見ただけで、今がどういう日なのかわかったそうです。しかし、現代に生きる我々は人工的な「時計」と「カレンダー(新暦)」を見つめながら生きています。

 「自然のリズム」を取り戻すというのは、実は自然とのコミュニケーションをしっかりとはかることなのです。日本人は「自然」を擬人化することがよくあります。その象徴が「さん付け」や「さま付け」。太陽はお日さま、月はお月さまと言ったり、人によっては小鳥のことを小鳥さんと言ったりもします。関西人などは粥のことを「おかいさん」、飴のことを「あめちゃん」と言ったりもします。これは少なくとも英語圏にはないですよね。Mr.Bird(小鳥さん)と言っても、何が何だかわからないですから。

 その意味で、とりわけ日本人は元来、自然とのコミュニケーションを大切にしてきた民族だと言えます。しかし、今は人工的な時計やカレンダーを軸に生活しており、だからこそスピ系の間では「シンクロ」なんて言葉が流行ったりするのです。ある意味、「シンクロ」なんて当たり前の話。普通なのです。例えばタンポポが同時期に咲いて、お互い「お!シンクロだね!」なんて会話するはずありません。つまり、「自然のリズム」と調和すれば、シンクロなんて当たり前なんです。新月の時には別に願いを立てようとせずとも、自然と何かが始まっているもの。新月に何かを始めるという発想ではなく、新月は何かが始まるのが、本来の姿なんです。もちろんそのリズムを取り戻すために、意図的に「始める」ことをしてもいいのですが、それは本来の姿ではありません。

 もしも本来の姿に戻りたいのであれば、まずは「自然」とのコミュニケーションを心がけること。そのためのツールとして「コズミックダイヤリー」は大いに活用できるわけです。かつて矢追純一という人がよくテレビに出ていましたが、彼はいわゆるUFOの研究家です。ただ、彼がUFOの研究を始めた理由の一つに、「多くの人に、夜空を見て欲しいから」というのがあったそうです。これなんかがまさしく「自然のリズム」を大切にしようとのメッセージに聞こえます。

 私が年中滝に打たれているとわかることがあります。滝にも春夏秋冬の「顔」があることが。今はただひたすら流れるだけの水。しかし春頃になると、何とも言えない生命のエネルギーを感じることがあります。水の冷たさが変わる以上に、ある種の「エネルギー」が感じられるのが春の滝。ただ、それを感じるためには、夏秋冬の滝を経験する必要があります。すると春のエネルギーが余計に大きく感じられるのです。その意味で、Naomiさんが言うように、私が「自然のリズム」と調和していることの理由の一つにも「滝行」があるのかもしれません。

 そして、ここで今日も「紳竜の研究」の話になるのですが、その中で紳助は「漫才はリズム」と言う話をしています。音楽もリズムなら、漫才もリズム。ただ、ここで言うリズムはちょっと深くて、笑いのツボとか、さらに言えば売れるキモみたいなものに、ドンピシャではまるようなリズムのことまで言ったりします。そう言えば石井裕之さんもリズムが大切だという話をよくしています。詳細は省きますが、生活のリズムが習慣になり、それが潜在意識に刷り込まれる。だったら、よりよいリズムを意識して生活すればいいという話。

 紳助の話もこれに通じることがあります。漫才ではまず、相方とのリズムを揃える必要があります。そのための練習方法として、紳助が言うには「歩きながらネタあわせをする」こと。確かに「歩く」ことはリズムを作ります。ドイツの大哲学者カントは、毎日、同じ時間に同じ速度で散歩をしており、町の人はカントが現れることで時間がわかったという逸話があります。それはまさしくカントが思考に最適なリズムを持っていたことの証でしょう。もしもカントに「歩くな」と言えば、おそらく「純粋理性批判」は生まれなかったかもしれません。

 漫才の話に戻りますが、紳助が言うように、まずは相方とのリズムを合わせること。その次はお客さんが求めるリズム、つまり時代のリズムに合わせることが重要なのです。しかし、リズムは絶えず進行しています。時計仕掛けの人形とは違って、一つの生命体が変化し成長するのと同じように、リズムも絶えず変化していきます。売れるためには、まさしくそのリズムと調和することが重要。

 何事もリズム。だとすれば、売れるためには売れるリズムに調和すること。人間らしくハッピーに生きたければ、そのためのリズムと調和すること。あなたはどんなリズムで生活したいですか。ありがとうございました。

クリックもいいリズムを形成します。
 ↓   ↓

人気blogランキング

〇1月31日(土)福岡:「宇宙となかよし」セミナー
〇 2月1日(日)鹿児島:「宇宙となかよし」セミナー
〇 2月15日(日)東京:願望実現・目標達成トークライブ


○オフィシャルサイトはこちらです!メルマガ登録もできます!
ミクシィにも「マイミク限定日記」を書いてますので、読者の皆さんのマイミク、大歓迎です♪

【21日滝行日誌 18日目 雪 0℃】

今日は大雪。不入道は真っ白。素足で滝場に立つと、しびれるほどに足が痛い。昨日の6度に比べて、今日は0度。氷も張っている。いつものように気合いを入れて滝に入るが、気負いすぎたためか、呼吸のリズムが乱れてしまい、般若心経を唱えている時、呼吸困難になり一度出る。呼吸を整えてから再び入って、今度は最後までいく。ある意味、生きるか死ぬかの境目に近いところを味わったかもしれない。
b0002156_16331422.jpg

by katamich | 2009-01-24 23:31 | ■精神世界
ブログトップ | ログイン