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瞑想の効用 2008.12.27

 今日も一日パソコンの前に座っていました。完全にインドア体質になってしまっています。年明けから「21日滝行」をスタートするので、新年はどっぷりとアウトドアですね。滝行の一番の効用ってのは、無意識(潜在意識)との対話が上手になることでしょうか。結局、物事がうまくいくかいないってのは、「無意識」がすべてを握っているわけですね。セミナーでは必ず話をするのですが、自己啓発とか成功哲学の本には、必ず無意識や潜在意識って言葉が出てきますが、ほとんどの人がちょっと誤解をしている節があります。潜在意識に願望をインプットすればいいと本には書かれていますが、どうやってインプットすればいいのか、そもそもインプットとはどういうことかわかってない人がほとんどです。だから願望が実現しなのです。
 
 基本は「無意識は身体に宿る」ということ。例えば「成功」をインプットする際、「成功したい!」と言葉で強く願っているうちは、それは実現しません。なぜなら「成功」が身体感覚にまで落とし込めていないからです。具体的な例を出すと、「寒気」という願望(?)を実現したいとします。そしてここで「すりガラスを爪で引っ掻く」と言うと、言葉でそれを理解する以前に「鳥肌(寒気)」が立ったと思います。これが身体感覚に落とし込まれた状態なのです。他にも「梅干→唾液」「女体→勃起」「好きな人→鼓動」などの反応も身体感覚にインプットされた無意識による実現と言えます。

 例えばここで「鳥肌立ててください」「唾液を出してください」「勃起してください」「ドキドキしてください」と言われて、「はい、わかりました」とすぐに反応(実現)できる人は稀だと思います。また「鳥肌立てるぞ」「唾液出すぞ」「勃起するぞ」「ドキドキするぞ」と願望して、それをすぐに実現できる人も稀でしょう。いわゆる「成功」などの願望実現もこれと同じこと。ただ、「すりガラス」や「梅干」の場合は、身体感覚(つまり無意識)に落とし込む前に「体験」があり、その体験によってインプットされているわけです。しかし、「成功」したことがない人はそこに体験がないので、無意識にインプットされていません。

 例えばここで「インジェラ」という言葉を聞いたとします。さあ、この言葉を聞いて身体感覚に変化があった人はどれだけいるでしょうか。おそらく普通の日本人の中にはいないと思います。しかし、お腹を空かせたエチオピア人は間違いなく腹が鳴ったり涎が出たりするでしょう。インジェラはエチオピア人の主食であり、そこには体験があるからです。しかし日本人はそうではありません。逆のことが梅干やおむすびでも言えます。我々がお腹が空いている時、海苔をまいた美味しそうな「おむすび(おにぎりよりも美味そうに聞こえる)」を想像するとたまらんと思いますが、エチオピア人には何の変化もないでしょう。つまり物事の多くは「体験」によって「無意識」にインプットされるものなのです。

 しかしながらそのものの「体験」がなくとも、実現を可能にする方法があります。それはゴール(目指すべき願望)に近づくための「小さな成功体験」をイメージして、そこで身体感覚を呼び起こすのです。そしてその身体感覚を持続したまま、ゴールのイメージをどんどん膨らませていきます。すると無意識の中ではゴールの疑似体験ができますが、無意識の世界ではリアルな体験も疑似体験も区別がつけられません。なぜなら「無意識=身体感覚」だからです。意識(言葉)の世界ではどんなにウソを受けようとも、身体感覚だけはウソをつけません。そしてそれが例え疑似であろうと、身体感覚によって体験できたことはきちんと無意識にインプットされますので、ゴールの到達が非現実的ではなくなるのです。つまり「すでに体験したこと」を再び体験することは簡単なのです。

 仮に恋人をつくったことがなくとも、恋人ができる疑似体験(イメージング)ができれば、リアルに実現することも容易になります。ただし、意識の世界ではきちんと「疑似」と「現実」を区別しておくことが必要です。でないと、いつまでも疑似体験(単なる妄想)で満足してしまう可能性があるから。そこは「疑似」から「現実」へと結びつけるための「行動」が重要なのは言うまでもありません。

 もう一度まとめますと、願望実現のためには、まずはイメージングによって身体感覚で(疑似)体験をすること。それによって無意識は体験をインプットしますので、すでに体験したことと同じなります。そこで行動。すでに体験して成功したことですので、そこで行動に移すと実現する可能性が高まります。単に闇雲に行動しても意味がないのはこういうことです。

 ここで重要なのは、どこまでイメージングによって身体感覚に落とし込めるかです。どこまでゴールに対する臨場感を高めることができるかです。その際に重要なのは「無意識との対話能力」です。それが高まれば「意識=言葉」で表した内容をスムーズに無意識(潜在意識)に落とし込むことができます。では、どうすれば「無意識との対話能力」を高めることができるのか。それは第一に「無意識に目を向ける」ことに他なりません。先日も言ったと思いますが、右足の小指の爪だけ50%早く伸ばすことは可能です。普段であれば、無意識のうちに伸びている爪に対して、とことん意識を向けること。それによって間違いなく早く伸びます。

 例えばマイケル・ジョーダンは高校の時、身長が180センチしかなく(選手としては並)、代表チームにも入ることができませんでした。しかしマイケルはその一年後には代表選手にも選ばれ、身長も185センチに、最終的には198センチにまで伸ばすことができました。その間、彼は背を伸ばさんがために毎日鉄棒にぶら下がっていたとのこと。これこそがイメージングによる無意識への働きかけの賜物です。普通にぶら下がっているだけなら、体操選手のように背が伸びることもないでしょう。しかしマイケルは背が伸びるイメージを強烈にしながら、そして鉄棒という行動にでたことで、それを実現したのです。

 とにかくマイケルは代表選手になれなかったことにショックを受け、その日から死に物狂いでトレーニングに明け暮れます。その際、身長が伸びることを始めとして、ポジティブな心を持ち続け、強烈にイメージングできていたのです。そして血を吐くような練習。イメージングと行動。これです。単なるイメージングに留まっていれば、それはいつまでたっても「妄想」の範囲を出ることはありません。逆にイメージングなしに行動だけしていても、目指すべきゴールにはなかなか到達しないでしょう。イメージングと行動。これが重要なのです。

 そこでイメージングによって身体感覚に落とし込む、つまり「無意識との対話能力」を上げていくための方法の一つが「滝行」であるとも言えます。もちろん真冬の滝行です。当たり前ですが、真冬の滝行は死ぬほど冷たいです。しかしそれを冷たくなくするためには、まさしく「無意識との対話能力」が必要になるのです。とにかく「身体感覚=無意識」をコントロールすることで、極寒の滝に打たれても平気な「身体感覚=無意識」をつくり出します。これはまさしく「無意識との対話能力」がなければできません。それができると、他のことにも応用がきき、「意識」で言語化したことを、無意識へと落とし込みやすくなります。

 ただ、問題は誰もが簡単には滝行などできないこと。ここで有効なのが「瞑想」です。瞑想も滝行もその本質は同じこと。突き詰めるとやはり「無意識との対話」になるのです。先日のセミナーでも簡単なワークをやってみたのですが、何をしたかと言うと、「足の裏だけに意識を向けるワーク」です。約5分間、真剣に足の裏と対話してもらいました。するとほとんどの方が熱くなったり、逆に冷たくなったり、しびれたりしたそうです。仮にここで「足の裏を熱くしてください」と言っても、すぐにはできません。それが5分程度、ちょっと瞑想状態に入って、足の裏と対話することで実際に熱くなったりするのです。これが無意識との対話です。

 もしここで「足の裏を熱くする」ということではなく、具体的な「成功」のイメージングができたらどうなるでしょう。無意識はここで疑似体験をすることで、それが実現することを早めてしまいます。そう、早めてしまうのです。

 中には「瞑想をすることで、低級の霊を引き寄せてしまうからしない方がいい」と言う人もいますが、確かにそれも間違いではありません。なぜならその人は瞑想によって「低級の霊」を引き寄せるイメージングをしっかりしているからです。「瞑想」が間違う原因もここにあります。スピリチュアルな世界では、「瞑想」と言うと、どうしてもそういう「目に見えない世界」と結びつけたがります。滝行もそう。心を空っぽにすることで、例えば「低級な霊」が寄ってきやすい、、、などと考えてしまうと、本当にそうなります。

 もしも、とある教祖みたいな人がそう言ってしまうと、その信者はみんなそうなってしまいます。実は「瞑想」なんて誰もが毎日しています。それもかなり高度な瞑想を。それはいつかと言うと、もちろん寝る時です。意識せずとも、寝る瞬間はかなりハイレベルな瞑想ができています。もしも本当に「瞑想=低級な霊」であれば、すべての人が低級な霊と過ごしていることになります。現実にそうであったとしても、みんなそうであれば何の怖いこともないです。普通なことですから。ただ、私の意見では、そんなに誰もかれもが「低級な霊」など引き寄せていません。引き寄せている人は決まっています。それは、そういう話に興味があり、また、そう思っている人たちです。

 もう一度言いますが、瞑想の本質は無意識との対話です。霊的能力を開花させることでも、霊の力をモノにすることでもありません。その本質さえわかっていれば「瞑想」はどんどんやっていいと思います。もちろん滝行も。ただし自己責任としっかりした指導者のもとであれば。

 と言うわけで「無意志との対話」、ご理解頂けたでしょうか。私も年明けは一年ぶりに「21日行」をやろうと思っています。これまで「21日行」を何度かやってきましたが、まず、例外なくその直後にすごいことがたくさん起こっています。これはもちろん霊的な原因ではなく、私の「無意識との対話能力」がアップして、思ったことが現実になりやすくなったからだと思っています。そのために滝行をするのも変な話ではありますが、とにかく私には滝行が合っているみたいなので、年明け早々にやろうと思っています。その満行後から、セミナーなどの活動開始です。それに向けては、まずはオフィシャルサイトの完成が急がれますね。ではでは。

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by katamich | 2008-12-27 23:32 | ■精神世界
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